第一話 人類ネコ科

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 不動産屋の男の横顔を眺めながら、しばしぼんやりする。  じつは、彼の指摘にはいちいち心あたりがあった。  目は重度の近視だ。見た目にはできるだけ気を遣いたいので、他の何を我慢してもコンタクトレンズは必需品。本当はワンデータイプのレンズにしたいが、月々の予算の都合で仕方なくマンスリータイプで辛抱している。  食物アレルギーについては気づいていないだけかもしれない。  子供の頃から妙に体温が高くて、学校や施設での検温の際によくひっかかった。  寒いのはかなり苦手。住まいの陽あたりには何よりこだわりたい。  不動産屋がひととおりの必須項目を入力し終えたらしく、パソコンの画面から目を離してこちらに向き直った。彼の横顔に見とれていた真咲は、彼とまともに目が合ってしまう。黒いセルフレームの眼鏡の奥は、涼しげな切れ長の目。きれいな目をした男だと思った。そう思った瞬間――。  顔の前で強いフラッシュを焚かれたような気がした。ほんの一瞬だけ目がくらむ。  ――この感覚。また猫か。    強い光は一瞬で消える。反動で視界が暗転する。残像がひらめいて、すうっと消えて、元に戻った。  ――灰色の猫だった。青い目の。  真咲はきつく目を閉じて頭を振った。幼いころからごくまれに、人と目が合ったときにこんな強い光を感じることがあった。そんなときは決まって、目の前にいる人物が一瞬だけ猫に見えるのだ。年に一度、あるかないか。この不可思議な体験は真咲だけの秘密だ。子どものころ、それなりに気が合うと思っていた施設の仲間たちに打ち明けてみたことがあったが、嘘つき呼ばわりされてひどい目に遭っただけだった。だからそれ以来、誰にも話したことはない。    ――「ネコ科の方ですか」と聞かれたことと何か関係があるのかな。  真咲の好奇心はとまらない。しかし不動産屋の男はすぐに視線をそらしてしまった。 「もし、黒羽さんがネコ科の方だと診断されたなら、……というよりおそらく確実にネコ科だと思いますが、ネコ科専用の物件がご紹介できます。検査を受けてみてはいかがでしょうか」 「ネコ科専用?」 「はい。たとえば、ここなどはおすすめです」  不動産屋は「男子学生専用の物件ですが」とでもいうような軽さで「ネコ科専用の物件ですが」と勧めてくる。戸惑う真咲になんの説明もせずにノートパソコンの向きを変えて画面を見せてくれた。 「まだ、ひと部屋、空いています」 「え、あ……はあ」  真咲は戸惑いながらもパソコンの画面に表示された物件を見て、しかし目を見張った。
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