第二話 どうぶつのお医者さん

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 診察室のドアを開けると、またフラッシュを感じた。  ――今日だけでもう三回目だぞ。こんなことは初めてだ。  そこには純白の猫がいた。波打つような被毛の美しい猫で、目は金目銀目(オッドアイ)。  しかし次の瞬間には猫の姿は消えてしまう。真咲の目の前にはⅤネックの医療用ユニフォームを着た医師が座っていた。三十代半ばと見える男性医師は、真咲が書いた問診表を見ながらパソコンのキーボードを叩いている。叩きながら話しかけてくる。 「黒羽真咲さん。ネコ科の迅速検査をご希望ですね。どうぞ掛けてください」  真咲が丸椅子に腰かけると、医師はキーボードを打つ手を止めて向きなおった。ゆるくかきあげた黒髪と、まっすぐな鼻梁が印象的な、なかなかの男ぶりだ。彼は真咲の顔を見るなり、大きくにっこりと笑いかけた。 「やあ、これはまた、綺麗な黒猫がきたね」 「俺には何が何やらさっぱり」 「そうだよね。ネコ科という存在はマイノリティーだし、君に自覚がなくても不思議ではありません」  医師の背後のカーテンが揺れて、受付にいた彼が現れた。手には紙製のトレイを持っている。そこには小さな試験管と個包装の長い綿棒が乗っていた。医師は手早く医療用の手袋をつけ、慣れた手つきで綿棒の袋を破る。 「口を開けて」  言われるがままに口を開けた真咲の口内を、医師が手にした綿棒がぐるりと一周した。 「検査結果は数分で出ますから、その間に少しお話をしておきましょう。……これまで、暮らしのなかで困ったことはありませんでしたか。たとえば」  医師は話しながら、綿棒の先を切って試験管の中に入れ、軽く振って試薬となじませる。それを受付の彼が受け取ってバックヤードに去っていった。医師はパチンパチンと音を鳴らしながら医療用手袋を外し、蓋付きのダストボックスに放り込んだ。 「空腹のとき、寝不足のときなどに、意識が飛んだりとかは」 「……いや、ありません」 「セックスの経験はありますか」  想定外の質問がきて真咲は返答に詰まる。そんな真咲の様子に、医師は「おっと失礼。デリカシーに欠ける質問でした」と笑い、たいして失礼とも思っていない口調で続けた。 「ネコ科とは、端的に言えば人間とネコ科の動物のハイブリッドです。一種の特異体質なので病気ではありません。何らかのアレルギーとか、寒さに極端に弱いとか、目が悪いといった形質がよく見られます。でも普通のヒト科でもそんな体質はありふれていますよね。ごく普通の対症療法で済みますから、自身がネコ科であることに生涯気づかずに過ごす人も多い」  医師は話しながら、キーボードで何かを入力している。手と口を別々に動かせる器用なタイプか、と真咲はぼんやり思う。 「ただ、たまに形質的な特徴が強く出てしまって日常生活に支障をきたすこともあります。……たとえばセックスのとき」
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