目に見えぬ毒のように

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「元はと言えばあの人の方が悪いんです。でも、カッとなって首を絞めたことは反省していますよ」  青年の鋭い眼光が俺のそれとぶつかる。言葉とは裏腹に反省など微塵もしていないようなその表情に俺は眉をひそめた。 「悪い、というと?」 「あの人……母さんは、俺の大切なボールペンをへし折りやがったんです」  青年は滔々とそう言った。小さな窓しかない取調室で、差し込んだ陽光が向かい合う俺と青年の間に儚い線を作っている。  ボールペンを折られたから。  齢18の青年が人を、それもここまで育ててくれた実の母を(あや)めるにはどう考えても不似合いな理由に、俺は思わず問うた。 「ボールペンを? それだけで殺したと?」 「あれはただのボールペンじゃなかったんだ!」  青年がにわかに語気を強めた。これまで数え切れないぐらい取り調べを行ってきた歴戦のこの俺すらたじろぐほどの迫力に、これは何か理由(わけ)ありそうだと瞬時に悟る。 「なるほど、失礼。では君がお母さんを殺すに至った経緯を、出来るだけ詳細に教えてくれるかな」 「……わかりました。少し長くなりますけど」  いつのまにか平静を取り戻した青年はそう前置きし、静かに彼の物語を話し始めた。
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