呼ばれる

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呼ばれる

 これはある先輩の話。 その人は一見するととても意志の強い、 1本筋の通った人だった。  先輩達も卒業し3年生になったばかりの頃。 まだ本当の意味での将来の進路を決めかねていた私は 先輩に話を聞くことにした。 どうして将来その方向へ進もうと思ったのか。 人それぞれ得意不得意は違う。 その時の私はとにかく誰かの話を聞きたかったのかもしれない。 心の奥の自分はとっくに進む方向は決まっていたはずなのに。  先輩に連絡をすると、すぐに快い返事をもらえた。 その週末。 夕暮れ時の土手を先輩と2人で歩き進路の話が終わった時だった。 徐に先輩がこんなことを言い出した。 「電車に乗るのって嫌いなんだよね」と。 満員電車が嫌いとかそう言うのではなく駅で待っている時が嫌いなのだという。 なぜ嫌いなのか。 先輩曰く、電車が駅に入ってくるのを見ていると電車に吸い寄せられるような、 呼ばれているような気がするからだという。 思わず足を踏み出しそうになるのだと。 意志を強く持っていないと、間違って飛び込んでしまいそうになると言うのだ。 俄には信じられないその言葉。 そうですか、とも言えず曖昧な返事しかできなかった。 その後、先輩は寄るところがあるというので私は1人で駅に向かった。  駅で電車を待っている時、入線する電車をじっと見る。 先輩が言うように引き寄せられるようなとか、 ふらーっとかそんな感じは全くなかった。 なぜかそのことに安心する自分。  しかし、ストレスが多いこの社会。 気持ちが沈んでいる時、何かと波長があってしまうと それに引き摺られることもあるのかもしれない。 それこそ先輩のように引き摺られない強い意志の持ち主でない限り。
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