先に来たのは

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先に来たのは

 いつもランチに行く店は少しのカウンター席と 幾つかのテーブル席があるコンパクトサイズの店。 年配の店主がいるその店。 料理は手作りで体にやさしい。 以前、昼食はオフィスの自席で取ることが殆どだった。 ある日、気分転換に散歩がてら外で昼食を取る事にした。 オフィスの席で食べるときよりも、 食べる量が増えたにも関わらず体重は増加しなかった。 1日中同じ所に座るのをやめて、体を動かしたからなのか。 会社帰りにむくみで靴を履くのが苦になることも減っていった。  あれは日本の各地で気温が40度に届きそうな日のこと。 いつものように会社から外に出ていつもの店に向かった。 常連客はだいたい同じような場所に座る。 その日はいつも座る席より1つ入り口側の席に腰掛けた。 強い陽射しの降り注ぐ窓の外を眺めながら待っていた時だった。 急に後ろの席に誰かが座る気配がした。 いつもの人が来たのかなと思った。 それなのに店の人が動く気配は無い。 それどころか『いらっしゃいませ』の言葉すら聞こえてこなかった。 不思議に思っているとテーブルに 『お待たせいたしました』と注文したものが届いた。 空腹を満たすべく心の中で『いただきます』と呟いて食べ始めた。  それから10分ほど経った頃。 『いらっしゃいませ』の声と共に後ろの席に誰かが座る音がした。 店員さんが注文を取りに行き簡単な会話を交わす。 その声はいつもの常連さんの声だった。 食事の途中だった私は背筋がゾワっとした。 確かにさっき、同じ気配を感じた。 でも本物は今来たようだった。 私が感じたあれは、どうしてもその席で食べたいと思う その人の生き霊なのでは無いのかと、そう思った。 そしてそれは偶然ではなく、 その常連さんが来るまでの間に来た他のお客さんは、 不思議とその席だけには座らなかった。 そこが空いているにも関わらず。 溶けてしまいそうなこの暑さで いろんなものが緩んでしまうのだろうか。 強すぎる思いは自分の知らないうちに 何かをどこかに飛ばしているのかもれない。  
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