電車の老婆

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電車の老婆

 これは私の友人の話である。  彼の仕事は一般的な9時5時と言われる仕事ではなく、シフト制で夜勤もある仕事だった。 そんなこともあり通勤電車に乗る時間は一定ではない。 時には逆方向の混雑する上り電車を横目にガラガラの下り電車でゆったりと帰ったりする、と帰りの電車は夜勤疲れには少し優しい時間だった。  その日は朝8時30分に仕事が終わるとゆっくり支度をして9時前には会社の最寄り駅について自宅へと向かっていた。 2回ほど電車を乗り換えて、あとは自宅の最寄り駅までだと思い、座席に座りボーッとしていた時だった。 都心から逆方向に向かうガラガラの電車の中。 見た目は80代くらいの腰の曲がった老婆が老人用の手押し車を押しながら電車の中を歩いて来た。 『電車が走ってる時に危ないな』 なんて思いながら彼はその老婆を見ていた。 彼の前を通り過ぎて少ししたところで、急にその姿が消えて無くなってしまった。 彼は俗にいう霊が見える人間だった。 すぐに老婆が消えた辺りの場所で電車の窓から外を見ると、何とそこは墓地だった。 その彼曰くこんなことだった。 『どうやら用事を済ませてお墓に帰るところだったらしい』と。  それを聞いた私の頭の中は瞬時にいくつか疑問が浮かんだ。 なぜ彼がその老婆がお墓に帰るところだと思ったのか。 それにどうして用事を済ませたとわかるのか。 その用事が何なのか彼は知っているのか。 こんなことが気になったが深く追及することはしなかった。 気味が悪いし、怖がりの私は本当のことを知ってリアルに想像してしまうのが嫌だから。 そして彼は思い出したように話の最後にこう呟いた。 「あー……、そのお婆さん消える前に俺のこと見てニコッと笑ったんだよね……でも話しかけては来なかったな……」 私はその話を聞いて心の中でツッコミを入れずにはいられなかった。 いや、霊に笑顔を向けられる生者って何者なんだ、と。
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