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ヒロの帰りを待っている間に家の中の物をいろいろ触ろうとしてみたけど、基本的には何も触れないことがわかった。
ソファやベッドには座ったり寝転がることができるけど、それ以外の物には触ろうとしてもすり抜けてしまう。
今の日付けをどうにかして知ることができないかとテレビを点けようとしてみたけど、リモコンにもテレビ自体にも触れず断念した。
ちくしょう。勝手にテレビが点いたり消えたりするとか物が動くとかありがちな心霊現象じゃねぇかよ。なんで俺には無理なんだ。
これじゃあもしヒロが俺のこと見えない場合、存在をアピールすることができないぞ。
結局何もすることができないので、大人しくソファでダラダラして過ごすことにした。
どれぐらいそうしていたのか、不意に玄関の扉の開く音が聞こえてきた。
ヒロが帰ってきたみたいだ。
やばい、なんか緊張する。もし俺のこと見えたらどんな反応するかな。
心臓バクバクしてきた…っていやいや、死んでるんだから心臓動いてねぇよ。
どうしよう、出迎える?いやでもな…そもそも見えない可能性のほうが高くないか?…う~ん、とりあえず様子見かなぁ。
ソファに座ったままウンウン考えていると、廊下のほうで扉の開く音がした。
あれ?こっちじゃなくていきなり部屋のほうに行ったのか?
不思議に思って廊下に出てみると、俺の部屋の扉が閉められるところだった。
ヒロのやつ、俺の部屋に入ったのか。いったい何を…
気になったので俺も扉をすり抜けて部屋に入ってみた。
「!」
部屋に入ると、すぐ目の前でヒロが俺の遺影に向かって座っていて、思わず息を呑んでしまった。
その姿は記憶にあるものよりもだいぶ痩せてしまっていて、俺は胸がツキリと痛むのを感じた。
「ただいま、風太」
「!……」
そっと俺の遺影に触れ、語りかけるヒロ。
すぐ隣にいる俺のことは、見えていないようだった。
「今日さ、久しぶりに大学の頃の友達に会ってきたんだ。
それで、最近やっとお前のこと話せるようになってきたかなって思ってたんだけどさ…。いろいろ思い出して話してるうちに、やっぱりしんどくなってきて…途中で抜けてきちまった。
もう1年経ったけど、やっぱまだ無理だったよ…」
「え…」
ヒロの言葉に、俺は思わず小さく声を上げてしまった。
1年って…1年?え、俺が死んでから1年経つの?嘘だろ。
1年越しに幽霊になって帰ってきたってこと?
幽霊ってそんな凄い時間差でなるモンなの?
俺が混乱してる間にも、ヒロはまだ遺影に語りかけている。
「お前怒るかなぁ。いつまでもウジウジしてんなって…。ごめんな、いつまでもこんなんで。でも俺、どうしてもさ…」
そう言いながら、ヒロはテーブルに突っ伏してしまった。
こいつのこんなに弱ってる姿は初めて見る。
いつも堂々として、ムカつくぐらい爽やかなやつだったのに。
なんだか今にも消え入りそうなぐらいに儚くて弱々しい。俺じゃなくてこっちが幽霊なんじゃないかってぐらいだ。
…でも、そうだよな。もし逆の立場ならきっと、俺だって立ち直れるかどうかわからない。
俺にとってはあの事故の後すぐにここに来ている感覚だけど、ヒロは俺が死んでから1年もの時間を過ごしてきたんだ。そんなに長い間こんな状態だったと思うと、胸が苦しくてたまらない。
自分で言うのも難だけど、俺はヒロにかなり愛されていたと思う。
耳にタコができるぐらい「好きだ」「愛してる」と伝えてもらった。
だから、きっと俺が思ってるよりずっとダメージは大きいに違いない。
そういえば、俺のほうは恥ずかしくてあんまり好きとか言えてなかったな。今になって、俺もちゃんと口にして伝えていれば良かったと後悔した。
俺が事故に遭ったと聞いた時、ヒロはどんな気持ちだっただろう。
ほぼ即死だったのか、運ばれている途中で死んだのか、病院で死んだのかわからないけど、死に目には立ち会えたんだろうか。
ごめんなヒロ。突然死んじゃって、ごめん。
「ヒロ」
呼びかけても、ヒロは顔を上げてくれない。やっぱり声も聴こえていないようだ。手を伸ばしてみるけど、すり抜けるだけ。触れることもできない。
目の前で恋人が苦しんでいるのに、何もできないのか。
なんとか…なんとか俺がここにいることを伝えたい。
側にいて、ヒロのことを見てるんだってわかってもらいたい。
「ヒロ!こっち見ろ!おーい!」
ヒロに向かって叫んでみるけれど、当然気付いてもらえない。
どうしよう、どうしたらいい?どうすれば気付いてもらえるんだろう。
途方に暮れて立ち尽くしていたその時、俺の念が通じたのか突然ヒロが顔を上げ、こっちを見た。
「っ…」
急に見られたから、俺は固まってしまった。
正面からちゃんと顔を見ると、痩せていて顔色が悪いことが改めてよくわかった。
ヒロは怪訝な顔でこっちを見ている。
多分、俺のことは見えてないだろうけど、気配は感じてくれているのかもしれない。
「ヒロ!俺はここにいるぞ!」
無駄だとわかっていながら、ヒロの顔の前で手を振ってみる。
床を叩いてみたりもしたけど、ヒロにはその音も聴こえないのかまったく反応がない。
「…なんだ?………いや、気のせいか…」
そう呟いたヒロは、顔を逸らして立ち上がってしまった。
気のせいじゃないのに!くそ、やっぱりダメか…
俺の体を通り抜けて部屋を出て行くヒロの背中を見送って、床に座り込んだ。
「あ~…どうするかなぁ…」
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