桜井千紘−1−

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桜井千紘−1−

ここ最近、なんだか誰かに見られているような気がする。 家の中には俺1人しかいないはずなのに、時折気配や視線のようなものを感じることがある。 この家は1年前に恋人の風太が亡くなってから、ずっと俺1人で住んでいる。だから絶対に誰もいないはず。 それなのに、今だってリビングのソファに座っている俺の隣に、誰かがいるような感じがする。 隣に目を向けてみても何も、虫一匹すらいない。でも確かに何かがいるような気がするんだ。 不思議なのは、この気配がなんだか懐かしい感じがするということ。 いったい何なんだろうか。 風太の死からもう随分時間が経つにも関わらず立ち直れていないもんだから、1人で寂しくなっている俺の意識が生み出している幻覚的なものなのだろうか。 それとも、何か幽霊でも連れて来てしまったのか。 だとしたら非常にマズい。俺はそういうのは苦手なんだ。 でも、別に変なところ行ったりしてないしなぁ。なんか変なことしたかな、俺。 この気配を感じるようになったのはどれぐらい前だっただろうか。 最初に似たようなものを感じたのは、確か一週間ほど前だ。 大学の頃の友達数人と飲みに行って、途中で抜けて帰って来た日。 友人たちと学生時代の風太との思い出を話していたら、だんだんつらくなってきて最終的に泣いてしまったんだ。 そんな俺を友人たちは気遣ってくれて、途中で帰してくれた。 家に帰って来た俺は、思わず風太の部屋に入って、テーブルに置いてある遺影に語りかけていた。 そんなことをしても本人に届くわけではないだろうけど、どうしても吐き出したい気分だった。 風太の部屋は、あいつが死ぬ前の状態そのままにしてある。 テーブルもベッドも、クローゼットの中の服や、棚に入っているあいつの好きなバンドのCDとか、全部全部そのままだ。 処分すればいいのに、それができない。 こんな俺を風太が見たらきっと呆れるだろう。 「いつまで引きずってんだこのアホ!」なんて言われるに違いない。 …もしかして、この気配は風太のものなのではないだろうか? 俺がこんなだから、あいつが心配して来てくれたのか? …いやいや、ない。そんなわけはない。 こんな馬鹿なこと考えるなんて、本格的に重症だ。 幽霊なんてこの世にはいない。風太が戻って来ることはもう、ないんだ。 俺は必死に自分にそう言い聞かせた。
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