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あほな同僚に絡まれた
「上條 純君!好きです。付き合ってください!」
飲み会の翌週に、職場の廊下で声をかけてきた同僚坂下に唐突に告白された。え?!お前「今崎さんが好きなんです!」て先週までずっと言ってたよね?飲み会でスパダリ彼氏がいるの分かってショゲていましたよね?飲み会から数日で何でいきなり俺に告白って坂下よ、お前の脳味噌どうなっているんだ?
坂下の思い人だった『今崎さん』に年上で落ち着いた育ちの良い彼氏が居るのは、職場運動サークルの仲間内では周知の事実だった。
坂下みたいなワンコに靡くはずもないが『飲み会後に告白したい!』と熱く語る坂下の恋をスッキリ終わらせるためには今崎さん本人から引導を渡されるしかないだろう……と、坂下は仲間内から生ぬるく見守られていた。
飲み会当日、先輩にお酌しながら今崎さんと友人の話をこそこそと盗み聞きしていた坂下が、『ブランド限定品の指輪を買ってもらった。』『彼の別荘が海外と日本にある。』など、ハイスペックスパダリ彼氏の惚気話に被弾。あらゆる面で勝てる要素のない事に絶望を感じた坂下の恋は、告白することなく呆気なく散った。
「ドンマイ!次があるさ。飲み過ぎんな倒れるぞ」
「これ食え美味いぞ」
「水も飲んでおけよ」
告白もできずに終わり、強くもない酒をあおりべろべろに酔った坂下を仲間たちで慰めという名の介護をする。その結果……。
「上條君みたいな尽くすタイプにした方がいい!」
「上條くんは、絶対お前の事が好きだ!イケる!」
「早くしないととられちゃう!」
失恋した坂下を明後日の方向に励まして、新しい恋を焚き付けた職場の先輩たちのせいで新しい恋のお相手として『上條』に白羽の矢が立ってしまったらしい。とんだとばっちり告白だ。あの場で介護したのは俺だけでもないのに……なんで俺だけ?……有り得ない上に、俺の扱いも軽すぎて引く。
確かに地味目の容姿だから告白されたらイケそうに見えるかもしれないが、俺は一途だし好みだってはっきりしている!艶のある大人の男なんだよ。坂下みたいなワンコ系なんて有り得ない。だけど、そこまで辛辣に断ると今後の仕事に差し障る可能性もあると考えて『好きな人がいる』と断る。
「上條君は優しくして期待させたくせにそんなの酷いと思う!」
え?どう考えても被害者は俺では?何故迷惑かけられているこっちが加害者みたいになっているんだ?こんなあほなやつに何て言えば伝わる?対応に困惑しすぎて、次の言葉が出てこない。困った俺に助けの声をかけてくれたのは……。
「永瀬さん!」
急に現れた思い人にどきりと心臓が音をたてる。事務の永瀬 匠さんは、俺や今崎さん、坂上の所属している職場運動サークルのリーダーをしている口は悪いが面倒見のいい先輩。
「おい。坂下そりゃねーだろ。上條は悪くないだろ?勝手な妄想押し付けで告白してその言い種。しかも、ついこの前まで今崎さん!今崎さん!て言ってただろう……いくらなんでも上條が可哀想だ。」
「だって皆が、あんなに甲斐甲斐しく世話してくれるなら、彼はお前が好きだって!好意がなければあんな事はしてくれないから付き合ってくれるって言ってくれました!」
永瀬の登場にやや怯みながらも、大声で応戦する坂下。恥ずかしげもなく何を言っているのか。……さては、お前あほだな(知っているが)……額に手を当てながら、呆れたように永瀬さんが坂下に言う。
「いや。それ、上條の気持ちじゃ無いだろう。勝手な憶測で人の気持ち決めつけて、更に貶めるとか人として有り得ない事しているわけだけど、坂下わかっているか?しかも職場で、ここは誰が通るかわからない場所。上條が仕事し辛くなるとか全く配慮無し。俺には、お前が上條が好きだというのも怪しいと思っているが?」
永瀬さん!好きっ!ホントソレ!そういうところ大好き!……永瀬さんは俺が入社して、色々と助けて貰ってすっかり惚れ込んで、アタックし続けている相手なのだけど……。
年齢差とか色々理由をつけてかわされ続けている。職場の他部署でもそこそこ有名な話らしいのに、それすらも知らないとか坂下が俺自身に興味があるとは到底思えない。誰でも良い坂下の気持ちが透けて見えるし、その相手に選ばれることがとても不快。
「気持ちもないなら優しくしないでくださいっ!」
まだ言うのか……イライラするけど、職場だし、出来るだけ穏便に済ませたい。
「同期だし、あれは特別な優しさだとは俺は思わない。坂下以外にでも、絶対に同じようにしたと思う。『俺以外』に先輩たちも居たけど、坂下は、全員に告白していくの?俺は、坂下を特別だと思ってないし言ってもいない。」
「……全然可能性ないってこと?」
「俺の特別は1人だけ!その人が大好きだし!その人だけには絶対に誤解されたくないっ!そもそもお前が、俺の事好きって言うのも勘違いに近いだろう!もう少し頭冷やしてくれないと同僚として接するのも無理。」
「……わかった。」
理解力悪すぎて疲れたが、坂下は不満そうにしながらもなんとか去っていってくれた。あれはまだ自分が悪くないとか思っていそうだな。永瀬さん以外に人が通りかからなかったのは本当に良かった。
坂下が去った後に、助けてくれたことへ感謝を伝えて後日何か御礼をしたいと伝える。気持ちを知っている本人の前で色々言ってしまった恥ずかしさで目も合わせられず、立ち去りたい気持ちでいっぱいになった。慌てて頭を下げて背を向けて逃げ出そうとするが……
「上條」
優しく名前を呼ばれて、手首を引かれて……永瀬さんに引き寄せられる。バランスを崩して彼の胸に倒れかかると、後ろから抱きとめられるような体勢になる。ふわっと柑橘系の香りに包まれて、心臓がぎゅっとする。
内緒話をするように、俺の耳に片手をあてがいながらこっそり囁く。耳に息がかかってくすぐったい。
「昨日パチンコで大勝ちしたから、運の悪い上條に俺が回らない寿司奢ってやろう。魚好きだろう?」
「え?!そもそも、御礼をするのは俺では?!」
「大勝ちだって言ったろう?厄祓いみたいなもんだと思えば?今日平気?退勤後に通用口でどう?」
「嬉しいです。大丈夫です。」
棚ぼた的な永瀬さんからのお誘いに、残りの勤務時間はほわほわと過ごしたので皆から良いことがあったのだろうと追求されたが、先程のやりとりは目撃者が居なかったみたいで上手くかわすことができた。
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