天使の幸福論

5/5

10人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ
「山岸くん」  新井琴音が俺を呼ぶ。俺は新井と目が合った。 「橋川くん」  遠藤沙耶が彼を呼ぶ。彼は遠藤に目をやった。 「「もしも私が死ぬって言っても、今日みたいに走ってきてくれる?」」  綺麗に重なった二人の言葉を理解するのに数秒かかった。  だから俺はその問いに咄嗟に答えられなかった。隣に立つ橋川もだ。  一瞬、音の無い時間が流れる。 「……そっか」  遠藤は消え入るように呟いた。  静かな夜は彼女の小さな声に滲んだ落胆を俺たちまで届かせる。 「わかってたけど」  新井は諦めたように苦笑する。  愁いを帯びた表情を見て、俺はそのとき初めて新井琴音の美しさに気が付いた。 「やっぱり私たちは幸せになれないね」  二人は目を見合わせて、手を繋いで微笑む。あまりに完成されたその笑顔に俺たちは釘付けにされた。  そのまま宵闇へと飛び立つように、彼女たちは屋上から一歩踏み出す。 「私を見てよ」  どちらが呟いたのか、短い言葉だけが夜に溶け残った。 (了)
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加