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「山岸くん」
新井琴音が俺を呼ぶ。俺は新井と目が合った。
「橋川くん」
遠藤沙耶が彼を呼ぶ。彼は遠藤に目をやった。
「「もしも私が死ぬって言っても、今日みたいに走ってきてくれる?」」
綺麗に重なった二人の言葉を理解するのに数秒かかった。
だから俺はその問いに咄嗟に答えられなかった。隣に立つ橋川もだ。
一瞬、音の無い時間が流れる。
「……そっか」
遠藤は消え入るように呟いた。
静かな夜は彼女の小さな声に滲んだ落胆を俺たちまで届かせる。
「わかってたけど」
新井は諦めたように苦笑する。
愁いを帯びた表情を見て、俺はそのとき初めて新井琴音の美しさに気が付いた。
「やっぱり私たちは幸せになれないね」
二人は目を見合わせて、手を繋いで微笑む。あまりに完成されたその笑顔に俺たちは釘付けにされた。
そのまま宵闇へと飛び立つように、彼女たちは屋上から一歩踏み出す。
「私を見てよ」
どちらが呟いたのか、短い言葉だけが夜に溶け残った。
(了)
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