梅の花・春の訪れ

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「俺なぁ、再来週からメキシコやねん」 「……は?」  突然訪れた別れのとき。 「二年間。まぁ研修みたいなもんやな。スペイン語と現地での仕事勉強してくる。いつかはこうなると……」 「いやいやいや、待てって。は? どうゆうこと? 再来週? 急過ぎやろ」  あいつは、まるで週末旅行にでも行くって感じで笑ってるだけやった。 「いや、ほんまは十一月には決まっててんけどな」 「何で言ってくれんかったん? そんな大事なこと。俺はどうすれば……」  まだポツポツとしか咲いてへん梅の花を探しながら。 「先言うたってしょーがないやん。たった二年やで。金掛かるし一時帰国もせんやろな」 「なんなん? それなら俺もっ――」 「いや無理やから。俺ら、結婚できるわけちゃうし」  そうや。最初っからわかってたんや。あいつの仕事、俺らの性別、そんなん考えたら最初っから……。 「竜ちゃんは好きにしてたらええよ。これからゆっくり考え。俺が帰ってくるまで待っててもいいし、待たんでもいい」  あのセリフはあん時出てきたわけちゃうんやろな。ずっと前から準備してたんや。ほんまずるい。 「そんなんっ、そんなん無理や。待つしかないやろ。俺がどんだけお前のこと……。お願い。約束して。浮気せんって。メキシコ美女とも、メキシコマッチョとも」 「はは、するか。そんな暇ないし相手もおらんわ」  あんなギリギリになって言うて、俺に考える暇も与えてくれんとか。ほんまずるいねん。やから……。 「それから、もう一個。お前が帰ってきた時――」 ◇◇◇  あれから、俺らの生活は何もかも変わった。  あいつは引っ越しの日に俺を駆り出して粗大ごみ捨てんの手伝わせたら、やっぱり週末旅行に出掛けるみたいな顔して保安検査場に消えてった。泣いてんのは俺だけやった。  毎週末のデートは当然なくなった。気まぐれな電話も。どっちかが見つけたら買うようにしてた期間限定のハーゲンダッツは、うちの冷凍庫に積み重なってくだけ。  十五時間の時差は想像以上にきつかった。一万キロ以上の距離はもっときつかった。休みの日は早起きしてビデオ通話してたけど、慣れへん海外生活、先輩社員からの厳しい指導、英語すらままならん現地スタッフとの交流で、あいつは疲弊しきってた。いっつもヘラヘラしてるあいつのそんな姿見てんのに、そばにおれへんのが何よりもきつかった。  それでも何とか二年間、俺らは挫けずやってきた。ようやく迎えたこの日、関空に着いた俺は先にトイレでちょっと泣いといた。  あいつの前でカッコ悪いとこ見せたなかったから。今日はちゃんとキメなかあかんかったから。 「ただいま、竜ちゃん」 「……おかえり。ほんまにマッチョになったんやな」 「他にやることなかったからな。高地トレーニングの賜物や」  二十時間以上かけて、二年ぶりに帰ってきた。画面越しに見るよりずっと疲れた顔して……でも、めちゃくちゃ嬉しそうに。  あかん。また涙が込み上げてくる。何回も何回も家で練習してきたのに、全然言葉が出てけぇへん。 「……ええよ」  何も言えへん俺に対して、こいつは先に答えやがった。 「竜ちゃんが何言うても『ええよ』て言う約束よな? だからええよ、竜ちゃん」 「聞いてから答えてや。ほんま適当な奴やな」  でも、覚えててくれたんや。 「早よ言うてや。二年間待ってたんやで」  待たせたんはどっちやねん。ヘラヘラ笑う顔見ながら、ポケットん中の指輪の箱をぎゅっと握りしめる。 「……ん、じゃあ言うで。翔吾、結婚しよ。正式には無理でも、とにかく今日から一緒に住も。これからはずっと、世界中どこおっても一緒にいよう」 ◇◇◇  仄かな甘い匂いを嗅ぎながら、二年ぶりに二人で見る梅の花。あん時は咲き始めでまだらやったけど、今日は咲き終わりでまだらや。翔吾は相変わらず無邪気に梅の花を探してる。 「何も変わらんな。やっぱ、たった二年やった」 「アホか。何もかも変わったわ」  海外からでも仕事できるように、俺はフリーランスとして独立した。二人の新居も整えた。それに、冷凍庫のハーゲンダッツはビュッフェ状態や。 「へぇー、梅の花の花言葉って『忍耐』らしいで。竜ちゃん、知ってた?」 「知ってたよ。だから好きやねん」  頑張り屋のお前みたいやから。 「あぁ、竜ちゃんにぴったりやもんな」  ふわふわ笑う顔の後ろに、ちらほら見える白やピンクの花が可愛らしい。ほんまよう耐えたよな、俺ら。  ちょっとずつあったかくなってきたけど、必ずまた冬が来る。それでも、厳しい寒さに負けんと花開く梅みたいに、二人で全部乗り越えていこな。
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