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――理后と付き合ってから数ヶ月が経ち、そろそろ頃合いかと、俺はようやく動き出した。
二人の将来のためにと投資話を持ちかけて、彼女から金を手に入れる。
これはロマンス詐欺でよくある手口だ。
違いがあるとすれば、日本で多いと言われているロマンス詐欺の多くが海外の犯罪グループが関わっていることが多く、架空の投資サイトに金を出させるというところだ。
その点、俺は個人でやっている。
よくある投資詐欺の一種であるポンジ·スキームに近い。
ポンジ·スキームの手法は、出資してもらった資金を運用し、その利益を出資者に配当金を還元するなどと嘘を語り、実際には資金運用を行わず、後から参加する出資者から新たに集めた金を、以前からの出資者に向けて配当金などと偽って渡すことだ。
それであたかも資金運用によって利益が生まれ、その利益を出資者に配当しているかのように装うことである。
大体のやり方としては俺が女の金を預かり、二人で購入した投資の利益を見せていく。
その米国株は俺が長年貯めたもので、すでに5000万円まで上がった利益が出ている。
金を出し渋っている女の大半が、これを見て安心して金を出す。
見ている株の利益を、二人の将来のための金だと勘違いする。
そして、これは自分も協力しないといけないと貯金を出し、金をもらったら俺は消える。
これまで一度も失敗したことがない黄金パターン。
これまで散々甘い言葉で油断させているのもあって、ころっと騙される。
あとここ数年の早期リタイア方法、FIREムーブメントの後押しもあって説得がしやすい。
たくさんあるネットの情報や書籍を見せれば、どんなに不安そうにしていても信じるようになる。
「すごい! チョー大金持ちじゃん!」
案の定、理后は俺が所有する株の利益を見て目を輝かせていた。
そんな彼女に投資話を持ちかけたら、なんの疑いもなくすべての貯金を俺に預けると言ってくれた。
正直ここまで簡単だとなんだか拍子抜けしてしまうが、理后の全財産である約800万円を手に入れることに成功する。
現金を手渡しされたのにも驚いた。
普通は少額ずつとかなのだが、やはり人が良いのか頭が悪いのか。
なんでも投資話をされた次の日には、銀行の窓口に行っておろしてきたらしい。
思い込んだらなんとやら、はたまた猪武者か。
理后は間違いなく、俺が今まで出会ったカモの中でもナンバーワンに苦労せずに騙せた女だった。
外で金を受け取り、理后とカフェに入ってお茶をした後、俺は家へと帰った。
四畳半アパート。
俺が実家を出てからずっと住んでいる住居だ。
今にも朽ち果ててしまいそうな外観のせいか、部屋に空きはあるが入居者は俺しかいない。
とてもじゃないが女を呼べるような部屋じゃないため、これまで誰も家に入れたことはない。
それはもちろん俺の個人情報を教えたくないためでもある。
まあ、理后のような女が騙す対象だと、個人情報うんぬん以前になんの心配もいらなかったが。
部屋に戻った俺は早速、理后から受け取った金の入ったバックを抱えてノートパソコンを開いた。
現在5000万円を超えている資産に800万円が加わると思うと、つい顔がにやけてしまう。
資産が5800万円になれば、毎年4%抜いていっても税金や為替を簡単に計算して180~190万円は何もせずに入ってくる。
俺の生活費は月に約十万円あれば十分なので、この金額でもう一生働かずに暮らしていくことが可能になった。
あとは理后の連絡先をブロックすれば、俺の人生ゲームはあがりだ。
高校卒業してから十二年間、今までの俺よ、お疲れさまでした。
あとは死ぬまで暇をつぶして生きればいい。
やりたいことができたら、そのときまた考えればいい。
時間ならいくらでもある。
俺はまだ三十歳だ。
人生100年時代と言われている中で、まだ三分の一しか終わってない。
どうせやりたいことなど今後も出てこないだろうが、今はともかくこれまで頑張った自分を称えてやりたい。
「こんばんは。宅配便です」
俺がノートパソコンを見て高揚していると、ドアからノック音と共に業者の声が聞こえてきた。
俺は基本的にネットで買い物するので、注文していたふるさと納税の品が来たかとドアを開けると、そこには宅配業者の男が三人立っていた。
制服に帽子、マスクといつも通りの装いだが、なぜ三人も?
そんな重たいものなんて注文していないはずだが。
「あの――ッ!?」
声をかけた瞬間、宅配業者らはいきなり俺の体を押さえつけ、部屋に入ってきた。
叫ぼうにも暴れようにも三人がかりでは何もできず、あっという間に口に布を押し込まれ、手足をガムテープで巻かれてしまう。
動けなくなった俺の横では、男たちのうちの一人がスマホで誰かの指示を受けながら部屋を物色し始めていた。
「社長、ありましたよ、800万。たぶん手をつけてはなさそうです」
こいつらはどうしてうちに800万円があることを知っているんだ?
だいたいなんでこんなお化け屋敷のようなアパートに強盗が来るんだ?
襲うならもっと金を持ってそうな高齢者の家を狙うもんだろうが。
いくらセキュリティが緩いからといっても、最初から大金があると知ってなければボロアパートを襲うなんてことはしないはず……。
「あと予想してた通り金もありそうですね。とはいっても株ですけど。えーと、ゼロが一、十、百、千、万……5000万はありそうです」
スマホを耳につけながら、男は俺のノートパソコンの画面を見て言った。
予想していたとはなんだ?
しかも金もありそうって……。
まさか理后がこいつらに俺のことを話したのか?
そうだ、そうに決まっている。
あのアマは騙されやすそうなふりをして、実は俺みたいな人間から金を取るために演技をしていやがったんだ。
「こいつはどうします? はい、はいはい。とりあえず連れていけばいいですか? えっ? IDとパスワード、取引番号……? それらを聞き出せばいいんですね。わかりました」
男が電話を終えた後、俺は顔に袋をかぶせられた。
それと同時に、凄まじい衝撃が後頭部に走って気を失った。
――理后の前から男が消えてから一週間後。
彼女は兄である昌鹿と一緒に、彼の住む家にいた。
「いい加減に元気だしな。ほらこれ、彼から返してもらったお金だよ」
昌鹿は男から金を渡され、理后に返すように頼まれたと言った。
なんでも男は彼女に持ちかけていた投資話が失敗に終わり、預かっていた金をなんとか用意したようだ。
そういう理由から今さら合わせる顔がないと、男は理后のもとから去ったと昌鹿が説明した。
理后は目に涙を浮かべて嗚咽を吐く。
そんな妹に昌鹿は何も言ってやれず、ただ彼女の傍で黙っているだけだった。
「あたし……あの人のこと本気で好きだった……」
「うん、わかってる」
「あたし……あの人ならお金が戻ってこなくてもよかった……」
「うん、わかってるよ」
「なにもいらないから……あの人がいれば……それだけでよかったのにぃ……」
昌鹿は泣き出してしまった理后の頭を撫でてやり、泣き疲れて眠るまで彼女から離れなかった。
ベットに妹を寝かせた彼は、部屋を出てキッチンに行き、置いてあったミネラルウォーターのペットボトルを飲む。
それからスマホを見て着信に気がつくと、その連絡先に折り返した。
「僕だけど、全部わかったの? そっか。じゃあ、あとで送っといてね。うん、報酬はいつも通り月末に払うから」
了
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