見知らぬ女性

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見知らぬ女性

 俺はその会話をどうにか誤解だ、急いでいただけだと言って切り上げ、トイレへ入った。 「え。何なん。誰やのん、それ。昨日って一日寝てたんちゃうん」  ブツブツと言いながら、ここにもし誰か来たら、自分は危ない人とか言われるんじゃないかと思った。 「霊田さん、散歩してたんかな。一日俺が寝てて部屋に閉じこもりっきりになるから暇すぎて」  言いながらも、最初はそうしてずっと部屋で待っていたんだったよな、とも思う。  まあ、最近は外に一緒に行くようになって、部屋でじっとしているのが嫌になったのかもしれない。 「まあええか」  俺はややむりやり自分をそう納得させて、事務所に戻ることにした。いつまでもトイレに閉じこもっているのもアレだ。  トイレの外で待っていた霊田さんと一緒に事務所に戻り、今日は少しだけ残業をして家へ帰る。  久しぶりにまだ九時前なので、犬も誘って散歩に出た。犬こそ散歩が恋しいだろうと、今更ながらに気付いたのだ。  一人と一匹は霊なので、傍目には俺ひとりに見える。  喋りかけると独り言にしか見えないので、どうしてもの時は電話をかけているふりをする知恵は付いている。  公園まで歩いて行くと、公園のそばの家の前で犬が立ち止まった。 「どないしたんや」  辺りに人がいないので犬にそう問いかけ、気付いた。その家の門の中に、犬がいた。ちょうど幽霊の犬と同じくらいの大きさだろうか。同じ豆柴だ。  その飼い犬は幽霊の犬が見えているようで、犬同士見つめ合っているが、飼い犬のほうは警戒するように体を低くしていた。  と、幽霊の犬はふわりとした感じでその犬に近付き、被さったように見えた。 「え!?」  次の瞬間、犬は激しく体をよじり、グルグルと回ったりキャンキャンと鳴き始めたりして、どうしたものかと俺は困惑した。この家の住人が出てきたら、俺が飼い犬に何かしたと思われるだろう。  しかし幸いなことに住人は出てこず、犬からペラリと剥がれるようにして幽霊の犬が離れた。 「さ、行くぞ」  俺は今のうちにと急いでそこを離れた。  その後は霊田さんも犬もただ一緒に歩くだけで、俺たちはただ黙って公園を一周して家へ帰った。  マンションへ戻ると家の前に立つ若い女性がいた。きれいな人だ。  と、その人がこちらを向いてハッとしたような顔をしてから、硬い表情で頭を下げた。 「今晩は。どうしても気になって、お邪魔して申し訳ありません」  俺は怪訝な顔をしていただろう。 「えっと、どちらさん──」  ふっと、意識が途絶えた。  気がつくと部屋の中で、俺はリビングに座り込み、霊田さんと犬が俺をじっと見ていた。 「え、何? どうなったん? さっきの人は?」  訊くが、霊田さんも犬も答えない。  俺は寒気がしてきた。  俺は何か間違ったことをしたのだろうか。 「はあ。風呂でも入ってくるか」  立ち上がって風呂場へ行き、スマホをポケットから出した時に、何かがポケットに入っているのに気付いた。 「名刺か。嶋田夏帆? 誰やねん」  呟いて、さきほどの女性を思い出した。  迷いはあったが、かけてみる。 「あの、影谷と申しますが」  すると、さっき聞いた女性の声が返ってきた。 『嶋田です。あの、最初の影谷さんですよ、ね?』  俺は意味を考え、 「ええっと、意味がよく……」 と言うのに、嶋田さんが遮るように言う。 『詳しい話をするのに、早瀬君の来ないところがいいんですが』 「早瀬さんですか?」 『はい。時々あなたの体に入っているでしょう。前にその部屋に住んでいて、亡くなった』  俺は血の気が引く思いがして、とっさに、榊原さんのところで待ち合わせる約束をしてから、榊原さんのところに電話をかけ始めた。
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