敵対

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敵対

 奥の客間に通される途中、俺はどんどんと体が軽く、頭がすっきりするのを感じた。  榊原さんといるといつも後でそれを気付くのだが、今ははっきりと自覚できるほどに調子がいい。 「ここは空気が清浄だから、調子がいいでしょう」  榊原さんに言われて、俺は素直に頷いた。 「はい。体が軽くなるようやし、頭がすっきりします」  榊原さんは俺を上から下まで見ながら、 「毎日、それも二十四時間貼り付かれてマヒしてたんですよ。  僕と会ってからですらそんなに急激に痩せてるのに」  言われて、俺はベルトで落ちないように締め付けているスラックスの腰を思わず押さえた。 「それ、締まったなんてもんじゃないですよ、影谷さん」  呆れたように榊原さんが言い、伯父だというその人が、気の毒そうにちらりと目を向けた。 「巧妙に入り込んで来たんですね。まあ、まだ今の段階で来て良かった。ギリギリですよ」  嶋田さんも俺に目を向け、 「半分私のせいですよね。すみません」 と謝るので、俺は慌てて否定する。 「そんなことないですよ。ええ、嶋田さんに責任なんてありませんやん。嶋田さんも被害者ですやん」  言いながら奥の客間に入り、座卓に座ると、叔父さんは写真立てとキーホルダーの入った袋を段になったところに置いた。床の間ではないが、そういう作りで、四隅に何か木彫りの像が置いてある。  日本庭園風の庭に面しており、その向こうに駐車場があるはずだ。  そう思って何となく目を向けると、駐車場の塀の上に早瀬さんがこちらを睨み付けながら立っているのが見えて顔が強ばった。 「早瀬という方は、かなりこちらの嶋田さんに執着しておられるようですね。そしてそのための手段として、影谷さんにも執着しているようだ」  榊原さんが来る前にこれまでの経緯を伯父さんに説明しており、自己紹介が済むとすぐに伯父さんはそう言った。  嶋田さんは眉をひそめ、腕を抱くようにした。  気持ち悪いのはよくわかる。  早瀬さんも、素はええ人なんやろうけどなあ、と考えていたら、榊原さんに言われた。 「早瀬さんが家事を手伝ってくれたのは、影谷さんのクセやパターンや好みを知って成り代わるためですからね」 「わ、わかってます。わかってますよ?」  俺は慌ててそう言ったが、それがおかしかったのか、嶋田さんがくすりと笑った。 「じゃあ、始めましょうか」  伯父さんが言って、その場の空気が引き締まった。  別室へ移動すると、何やらよくわからないが漢字やら記号みたいなものやらが書かれた紙、真っ白い塩の山、白い陶器の徳利に入った日本酒などが用意されており、護摩壇かと思われるものがあった。  伯父さんと榊原さんとで準備し、俺と嶋田さんは座って待っていた。  この部屋の庭に面した方は縁側になっていて、庭の向こうの塀のところに早瀬さんが立っているのが見える。こちらを睨み付けている。  俺はそっと呟いた。 「だましたみたいになったんは悪いと思うてるし、色々と手伝うてくれたんはありがたかった。  でもな、ストーカーはアカンで。それに俺も、その礼に体をやるわけにはいかんからなあ。かんにんな、霊田さん」  早瀬さんは何も変化はなかったが、隣の嶋田さんはそっと俺の手に自分の手を重ねて頷いてくれた。  それで俺は一瞬浮かれかけ、早瀬さんからの視線はますます尖った物になった気がした。 「では、始めます」  伯父さんが厳かに言い、俺たちは背筋を伸ばした。  
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