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栄光
「これより表彰式を行います」
場内にアナウンスが流れると、室内の観客、選手すべての視線がプールサイドへと注がれた。表彰状を持ち壇に立っている審判長の前で精三は直立する。やや腰が曲がってはいるものの、側から見たら90歳のいでたちには見えない凛とした姿勢をしている。
「日本記録樹立の栄光をたたえる。山中精三殿。年齢、90歳から94歳区分。種目、400m個人メドレー。タイム、9分33秒16。おめでとう!」
審判長が文面を読み上げ、精三に手渡す。割れんばかりの拍手が会場を包み込んだ。そして精三は表彰状を大事そうに両手で持ちながら審判長と一緒の壇に上がった。すかさず辰野がカメラを構える。
「いきますよ!はい、チーズ!」
シャッター音がカシャリと鳴るその瞬間、精三は顔をほころばせ、白い歯を見せた。
「親父がこんなに笑ったの、生まれて初めて見たかもしれない……」
武がそうこぼす。
ーー結果論かもしれない。でもきっとこれでよかったのね……。
洋子は心の中でそう呟いた。
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