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火曜日
彼女は穏やかなエチュードに乗せて、私の青春の首を絞めた。
図書室で本を借りた帰り道。火曜日にも関わらず聞こえてきたチェロの音色に、私はひどい胸騒ぎを覚えた。それがあんまりに美しいから。
心が泣きたくなるような、深く響く低音。そんな音を奏でられる人間は、この部活にはいない。そもそも、今日は活動日ではない。
その音に関わらなければ平穏でいられる気がした。けれど花の蜜に吸い寄せられる蝶のように、私の歩みは止められなかった。
二年三組、私が日々を過ごすその教室で彼女はチェロを弾いていた。扉は半分ほど開いていて、こちらに背を向けて座っている。私は気づかれないように息を殺して扉のそばに立った。
彼女の腕に抱かれているのは間違いなく私のチェロであったが、そこから奏でられる音色は、全く違うものであった。いつもは掠れてしまう高音が、透き通って聞こえる。不安定にしか鳴らないビブラートが、豊かに空気を震わす。
あのチェロは生きていたんだ。私が弾いてきた一年半もの間、きっと風邪を拗らせていたに違いない。
九月のまだまだ暑い日差しが、クリーム色のカーテンを照らす。真っ白なワンピースから覗く細い腕は、簡単に折れてしまいそうだ。エチュードの演奏に合わせて、彼女の亜麻色の髪が揺れている。
このまま帰ってしまおうか、今からでも無かったことにはできないか。そう考えて後ずさった拍子に、扉に鞄をぶつけてしまった。ガタンという音とともに、美しい演奏がピタリと止む。
驚きもせず、ゆっくりと振り返った彼女の瞳と目が合って、私の心は抉られた。
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