金曜日

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 ヴァイオリンとチェロのための二重奏曲––––    夏合宿の自由アンサンブルや、新入生歓迎会の度に彼は「二人で弾こう」と、この曲を勧めてくれた。けれど、その度に断った。悠人の足を引っ張ってしまうのが怖かったから。  でも本当は、こっそり練習してたんだよ。  彼は、あの楽しそうな笑みを浮かべて姫野葵と音を奏でる。主旋律が入れ替わり、和音を奏で、視線を交わし、笑みをこぼす。  私がどれだけ練習しようが到底追いつけない域の演奏を、二人は即興でやってのける。悠人は、あんな風にも弾けるんだ。姫野は、あんな風にも笑うんだ。  王子様とお姫様。あの二人なら幸せになってほしいって? 偽物の私とは違う、本物の音を奏でる二人。それを妬む私は、退治されるべき魔女なのだろうか。  同じ葵で、同じチェロ。仲良くなんてなれっこないんだ。  二人の演奏を聴いているうちに、息の仕方を忘れてしまった。今吸えばいい? どう吐けばいい?   耳鳴りがして視界が回る。 「葵?」  悠人が扉の前で立ち尽くす私に気が付いて、演奏をやめた。姫野はあの日のように、静かに私を見つめるだけだった。そうでしょうとも、邪魔者は誰がどう見たって私の方だ。  さっさと立ち去ってしまいたかったが、足が震えて動かない。 「どうしたの。俺に用だった? 顔色が悪いよ」  黙りこくる私に、悠人もだんだんと考えが及んだようだ。 「葵、なんか勘違いしてる? 俺たち別に……」 「勘違いって何? 悠人のことなんて何とも思ってないし、二人がどういう関係になろうが、知ったこっちゃないから」 「だから、それが勘違いだって言ってるんだ。俺は––––」 「聞きたくないって言ってんの! どっか行ってよ!」  横暴だ。ここは悠人の練習部屋であり、出ていくべきは私の方なのに。こんな我儘は通用しないはずなのに、悠人は「分かったよ」と言って姫野に目配せをした。  しかし、彼女は動こうとしなかった。どうしたって私に消えてほしいってことね。そう思ったが、どうやら悠人を先に行かせようという魂胆らしい。 「大路君、練習に付き合ってくれてありがとう。少し佐藤さんとお話ししたいから、二人きりにしてくれる?」 「え、でも、葵は今一人になりたくって……」  悠人は心配そうに私を見る。私はその申し出に受けて立つことにした。  いい機会だ、こうなったらあんたの化けの皮を剥がしてやる。 「いいよ、話そう。姫野さん」 「……分かったよ。二人とも、手は出しちゃだめだからね」  ここ数日の聞く耳を持たない私の態度に、悠人はお手上げ状態だった。当人同士で話をするしかないと諦めたのだろう。闘争心むき出しの私と比べて、姫野は至って冷静だった。  彼は心配そうな眼差しを残して、二年三組を後にした。
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