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「葵?」
ああ、偶然ってのはどうしてこんなに残酷なんだろう。行く当てもなく公園の木陰で休んでいると、ヴァイオリンケースを提げた悠人とばったり遭遇した。
レッスンへ向かうのだろうか、メンテナンスに出すのだろうか。私の方へ歩いて来るということは、残念ながら急ぎの用ではないらしい。
「隣、いい?」
「ダメって言っても座るんでしょ」
「うん」
九月になっても暑さは厳しく、吹く風はいまだ生ぬるい。足元を蟻が這っている。子供が吹いたシャボン玉が風に乗って飛んでくる。
ああ、こういった景色だけを見て、生きていけたらいいのにな。
気まずい沈黙の中、悠人がおずおずと口を開いた。
「葵、トゥッティで言おう?」
「……うん」
彼の動きに合わせ、息を吸う––––
「ごめん」
二人一緒に言った。
そして、二人一緒に笑った。
トゥッティで言おう、それは私たち二人の造語のようなものだ。「せーので言おう」の意味である。
緊張の糸が切れたみたいに、私たちはいつも通りに話すことができた。
「姫野さんとちゃんと話せた?」
「ううん。彼女、哲学じみたこと話すだけ話したら出ていっちゃった」
「哲学? ううん、彼女もよく分からないよね」
「そういうところに惹かれたの?」
「……わかってるくせに」
彼は静かに、けれどどこか責めるように言った。そうだ、私はわかってる。悠人の私への気持ちが、単なる部活仲間に向けるものではないことに。
直接的に言われたことはない。けれど彼はこうやって、言葉の端々に思いの丈を滲ませる。それはきっと、彼が臆病だからじゃない。彼が誰よりも優しいからだ。
彼のことは大好きだけど、それは恋愛的な好きではない。悲しむ悠人を見たくないという私の気持ちを知っているから、彼は告白という手段を今まで取ってこなかった。
そうやって綱渡りをするみたいに、私たちは慎重に友達としての日々を送ってきたんだ。
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