週末

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「アンコールをチェロメインの曲にして、姫野さんを目立たせよう。それでバランス取れないかな。やっぱり俺は、葵がソロを弾くべきだと思う」 「悠人は本当に優しいね」 「これはコンマスとしての意見だ。葵を贔屓してるわけじゃない」 「分かってるよ」  きっとそれが導き出せる最良の答えだ。今までの編成は変えずに、アンコール曲で姫野を前面に押し出す。それならみんな文句はないはずだ。    だけど、どうしてだろう。胸のモヤモヤが晴れなかった。散々周りを振り回しておいて、今更こんなことを言っていいのだろうか。  でも、言うなら今しかないと思った。 「やっぱり、ソロは姫野に弾いてほしい」 「へ、本気で言ってるの?」 「うん。誰よりも私が聴きたいんだ。きっと最高の演奏になるから」  自分がもっと下手ならよかったと思う。そうすれば潔く席を譲れたんだ。中途半端に頑張ったものだから、中途半端に欲が出た。  でも、それじゃダメなんだ。 「……俺やっぱり、葵が好きだ」 「え?」  驚いて悠人を見る。彼は、やっとこっちを向いたとばかりに微笑んだ。  急に悠人も男の子なんだと意識してしまって、慌てて視線を逸らす。 「体験入部で、他には目もくれずチェロを弾きたがったよね。足を大きく広げるから、最初はみんな遠慮するのに」 「恥じらいがなくてごめんなさいね」 「周りがビクビク楽器を触るなか、葵だけは違った。大事そうに手を置いて『この子にはどんな思い出が詰まってるんだろう』って言ったんだ。覚えてる?」 「そんなこと言ったっけ」  本当は全部覚えていた。絶対にこの高校に受かって、弦楽部でチェロを弾くんだと息巻いていた。初めて触れるチェロは、とても温かかった。  前の持ち主はどんな人だったのだろう。どんな出会いと別れを繰り返し、今このチェロは私の腕の中にあるのだろう。考えずにはいられなかった。 「カナヤンの無理難題な指示に、一人だけワクワクする葵が好きだ。葵は誰よりもをしている。自分がソロを弾くことより、いい音楽になることを望める。それって、とっても素敵なことだよ」 「勝てっこないから諦めただけ」 「その捻くれたところも好き」  王子様なんて呼ばれ続けて、調子に乗っているのだろうか。歯の浮くようなセリフを恥ずかしげもなく言ってのける悠人にドギマギしてしまう。   彼は面白がっているようにも見えた。こうやって他愛もない話でふざけるのは、もう随分と懐かしい気がする。  そうだ、以前はこうやってよく部活のみんなと笑い合っていたっけな。
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