火曜日

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   何も言わない彼女の代わりに、私が先に口を開く。 「……それ、私のチェロ」 「ああ、そうだったの。先生が好きなのを借りていいと仰ったから」  少しばかりの敵意を滲ませてみたものの、彼女は平然と言ってのけた。謝るだとか名乗るだとか、そんな当たり前の態度を求めた私が間違っていた。  彼女はなおもこちらを見つめるだけである。まるで「まだ何か?」とでも言うように。 「あら佐藤さん、ちょうどよかった」  振り返ると、そこには背の低い丸眼鏡の女性が立っていた。現代文の教師で、弦楽部の顧問でもある金谷先生だ。  カナヤンは大層嬉しそうに私と彼女を交互に見る。 「もう友達になったのかしら? 姫野さんは明日から三組に転入するの。佐藤さんならご存じよね、姫野 (たける)さん。あの世界的チェリストの娘さんなのよ」 「そうなんですね。どうも、佐藤です」  カナヤンの登場と私からの挨拶で、姫野はやっと立ち上がった。そうしてお人形さんのような静かな笑みを浮かべて、優雅に会釈をしてみせる。 「姫野 (あおい)です。どうぞよろしく」 「あら、葵って。たしか佐藤さん……」  いつもは合奏練習の時間をすっぽかし、職員室でコーヒーを啜っていたりするくせに。忘れていてほしい時には覚えているんだな。 「……私も葵っていうの。佐藤葵、よろしくね」 「わあ、偶然ね。同じ葵で、同じチェロ。私たちって仲良くなれそう」  私の中の何かが、バラバラと崩れ落ちる音がする。  その言葉で、彼女が弦楽部に入部する気でいることが分かってしまった。弱小部に突如現れた大戦力に、カナヤンは高揚を隠しきれていない。それと反比例して、私はこれまで築き上げてきたものの終わりを確信していた。  目の前で無害そうに微笑むこの少女が、私の青春を粉々にするんだ。
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