月曜日

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月曜日

 今日は週に一度の音楽室が使える日。姫野を囲む会は相変わらず開催されていたので、結局彼女とは話せていなかった。  昨晩あんなに考えたのに、言いたいことは全然まとまっていない。とりあえず、西部に渡すチョコレートだけは用意した。    逸る気持ちを抑えて音楽室へ向かうと、一足早く到着していた姫野と目が合った。珍しく彼女の表情が曇っていたので、中で何かあったのだとすぐに勘づいた。  私が扉の前まで行くと、姫野は音を立てずに後ずさる。隙間から中の様子を伺うと、西部と綾香が言い争いをしていた。あの二人は特に仲がいいのに。驚いている間に、西部の怒鳴り声が響く。 「もう一度言ってみろって言ってんの!」 「そんな怒んないでよ、一つの案だって言ってるじゃんか」 「ソロも席もヒメちゃん先輩に譲れってのは案じゃなくて命令でしょ!」    なるほど、そういうことか。正直陰でコソコソ言われるのは予想がついていたが、こんなバトルになるとは思っても見なかった。  綾香も私と同じ考えだったようで、ヒートアップする西部に半ば困惑している様子だ。 「てかその案を受け入れるって、ヒメちゃん先輩もどうなの?」  西部の声に蔑みの気持ちが混じるのを、私は聞き逃さなかった。 「あと二か月で二年生は引退なのに、今まで頑張ってきたアオちゃん先輩の場所ぶんどって、しれっと演奏すんの? みんなはそれでいいの? それって人として––––」 「西部!」  その場の空気など気にする余裕もなく、私は勢いよく扉を開けていた。  綾香や他の部員は気まずそうな顔をして、西部は驚きと悲しみの表情を浮かべている。私が怒っていると思ったんだろう。 「アオちゃっ、ご、ごめんなさい。あたし……」 「ううん。西部は悪くない、みんな悪くない、悪いのは私だ」 「アオちゃん先輩が悪いわけない。あたし見ちゃったの、アオちゃん先輩が泣いてるとこ……」  西部は声を震わせ泣き出した。申し訳なさで胸が締め付けられそうだった。私がもっと上手ければ、綾香にこんなことは言わせなかった。私がもっと気丈に振舞えば、西部にこんなことは言わせなかった。  楽しかった部活を楽しくなくさせたのは、他でもない私なんだ。  西部の背中をさすりながら、私は傍らに立つ綾香を見た。形だけ見れば彼女は私より姫野を取ったことになる。  綾香もみるみる瞳に涙を浮かべるので、私は慌てて音楽室全体に届くように言った。 「みんなごめん! 正直落ち込んでないって言ったら噓になる。でも、もう本当に大丈夫だから。私は––––」 「ねえ、どうして私抜きで話が進んでるの?」  まさか姫野が割って入ってくるとは思わず、私もみんなも面食らった。姫野は怒っている様子でもなく、ただ淡々と続けた。 「私、入部を辞退する」 「な、何言ってんの⁉」 「日本の部活動ってものに興味があったんだけど、こんなにも息苦しいんじゃ二か月だって続かないわ。それじゃあ、先生によろしく」  姫野はそう言って音楽室の奥からあの白いチェロケースを取り出すと、静寂をかき分けて去っていった。みんな呆然と立ち尽くすしかなかった。  部員の一人が小声で「やっば」と漏らしたのがきっかけで、私もやっと体が動いた。西部の引き留める声も聞かず、運動部顔負けのダッシュで音楽室を飛び出した。  ワックスを掛けた床に足を取られながら廊下を走り抜け、階段を三段跳ばしで駆け下りると姫野の姿を捉える。 「姫野‼」  初めて呼び捨てで呼んだ。それには姫野も驚いたのか足を止めてくれた。 「貴方のせいじゃないから、謝られても––––」 「謝らないし、引き留めない。ただ話したい。あんたと」  黙っているのをオーケーと受け取って、私は姫野の折れそうなくらい細い手首を掴んだ。いつだってドラマが生まれるのは、二年三組なんだ。
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