月曜日

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 教室には誰もいなかった。窓の向こうから運動部のリズムに乗った掛け声が聞こえてくる。  私が姫野の前の席に座ると、彼女も空気を読んで自分の席に着いた。  彼女はただ黙って私を見つめる。初めてここで会った、あの放課後を思い出す。 「質問の答えがまだだったでしょ。私には、あんたが見えないよ。綺麗で可愛くて才能があって、でもあんたの中に何が詰まっているか、私には全然分かんない」 「それは見ようとしないからでしょ」 「違うよ」 「違わないでしょ!」  まさか姫野が声を荒げるとは思わず、私は反射でビクッとしてしまった。 「貴方も他の人と一緒、いや、それ以下だったんだ。決めつけで私を推し量って、私を遠ざける。私が何をしたっていうわけ? 貴方なら大丈夫だと思ったのに、私に嘘をついたのね!」 「う、嘘って何の話? まさか……」  姫野は鞄の中をガサゴソ漁ると、よれよれの便箋を取り出した。赤白青の縞模様、英語が分からなかったから母に書いてもらった宛名。  忘れられるわけがない、人生初のラブレター。 「友達になろうって、言って、くれたのに……」 「……ずっと持っててくれたんだ」  手に取ってゆっくりと封を開く。何度も読み返したのだろうか、ヨレヨレで縁が色褪せている。  小学校四年生、懐かしい丸文字。隅に茶色い染みがついていた。タイムカプセルを開けたように、ストーブの温かさとココアの香りが蘇る。  叔母さん一家が風邪で行けなくなったからと譲り受けたチケット、映画だと思ったらクラシックだと知り酷く落ち込んだのを覚えている。  それを一瞬で吹き飛ばすほど、姫野健の演奏は衝撃的だった。母が隣で船を漕ぐなか、私はよく見える様にと背筋を伸ばして聴いていた。  アンコールになると、彼は娘を壇上に上がらせた。私と同じ十歳と聞いてどんなに驚いたことか。あの子は私と同じ年で、あの大きな舞台に上がれるんだ。  小さな体で、どうしてあんなに大きな楽器を鳴らせるんだろう。私も弾きたい、あの子と一緒にチェロを弾きたい。  そんな思いの丈を手紙で綴った。姫野健と同じ高校に入って私もチェロを弾く、いつか同じ舞台に上がれるくらいに練習する。  そうしたら、友達になってくれますか。  十歳の少女の、叶うはずのない夢物語だった。  私だけが覚えていると思っていた。あんたが何にも言わないから……
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