水曜日

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水曜日

 登校初日の挨拶で、姫野は生徒たちの心を搔っ攫った。大人の階段を上ることにしか興味がない男子生徒はもちろん、勉強熱心なマジメ君さえも口を半開きにして彼女を見つめた。  そんな様子では女子生徒の反感を買うのでは、というのは浅はかな思考だった。むしろ我先にと、みんなが姫野の友達になろうとした。  カリスマ性というのだろうか、姫野のそれはずば抜けていた。  私は別にこのクラスを拠り所にはしていないので、彼女がここを掌握しようが興味はない。二人一組を組まされる場面であぶれ者になったりせず、休み時間に適当に話せる相手が数人いれば、それでいいのだ。    三組の弦楽部員は私だけだったので、カナヤンには「仲良くしてあげてね」と念を押されていた。しかし、休み時間のたびに輪の中心に据えられる姫野を見るに私の出る幕はないだろう。  そうしてたった一日の間に、姫野は他のクラスからも偵察部隊がやってくる程の地位を獲得していた。  姫野は別段明るいわけでもなく、愛想がいいというのがしっくりくる。ここへ来る前は父とヨーロッパで暮らしていただとか、何語が話せるだとか、趣味はなんだとか、聞かれたことに素直に答えていた。  鼻に掛けることはないが、恥ずかしがったり謙遜もしない。その堂々とした受け答えに、生徒たちは尊敬に近い眼差しを向けた。 「ねえ、なんでうちの高校を選んだの?」 「ここでなら、見つかると思ったの」 「え、何が? どういう意味?」  はっきりとしない答えに、クラスメイトはじれったそうにする。密かに耳をそばだてていた私にだけは、それをくみ取ることが出来た。  ここは姫野健の母校なのだ。彼の学び舎で過ごすことで、父の軌跡を垣間見ようとしているのだろう。  自分だけが答えを導き出したことに、優越感に近いものを覚える。姫野を囲んでいる有象無象よりも、私の方が彼女の魅力をよっぽど理解している。そう言っても過言ではなかった。  だからこそ怖いのだ。彼女の魅力が痛いほど分かるからこそ、私は震えずにはいられない。  こんな教室もクラスメイトも、好きなだけくれてやる。だから、この先は邪魔をしないで。私の花園を踏み荒らさないで。  知らず知らずのうちに噛み締めていた唇に、うっすらと血が滲んでいた。
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