水曜日

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 重い足取りで教室へ戻ると、みんなは基礎練を進めていた。私が戻ってきたことに気づいた西部が、他の一年生に声をかけてくれる。 「お待たせ。じゃあ今日は一年生の曲を見るから、二年生は個人練続けてて」 「はい!」  西部がとりわけ元気よく返事をする。彼女の底なしの明るさには振り回されてばかりだったが、今日ばかりは救われる心持ちがした。  メトロノームのネジを回して譜面台に向かう。一年生の緊張が伝わってくる。このピンと張った空気を吸えるのも、あと二ヶ月だけなんだ。 「肩に力が入ってる。ここはピアニッシモだけど、低音はしっかり聞こえてほしい箇所だから、気持ち大きめに弾いていいよ」 「はい!」  一年前に先輩から教わったことを、後輩に受け継いでいく。部内の弦楽器経験者はヴァイオリンに三人だけだ。ヴィオラとチェロには初心者しかいない。もちろん私も初心者だった。  一年前の春–––– 初めてチェロに触れた時の木の感触や、指に伝わる振動。あの時の感動はきっと一生忘れない。  私は傍のボロボロのノートを手に取った。「練習帳」とマッキーで書いたノートには、私とチェロの歴史が記されている。  基本的な奏法、受けたダメ出し。作曲者の生い立ちや、どういった思いを曲に込めたかなど、直接演奏に関係のないことまでびっしりと。  私のチェロにかける愛情は他の部員より少しばかり深いようで、「始めて一年ちょっととは思えない」と褒めてもらえるくらいには上手くなった。  だからこそ私が部長になり、メイン曲のソロを弾くことは部の総意であった。私も、これは己で勝ち取ったものだと内心誇っていた。  でも、それもこれも全部が過去形だ。  使い古された練習帳を手に、私は一人俯いた。一年も経つと自分の上達具合が分からなくなってくる。そんな時はこのノートが元気をくれた。  私はこんなに頑張ったんだ。けれど、努力の結晶だったはずのそれは、今やただの紙切れに思えてならない。  こんなに、頑張ったのに……  パート練を終えてみんなが四組に移動を始める中、西部だけが私の異変に気づいてくれる。 「先輩、やっぱ今日変っすよ。具合悪いの?」 「なんでもないよ。ありがと、西部」  腑に落ちないという顔をしつつも、それ以上は言及しない。彼女は本当にできた子だ。  私たちは黙って教室を後にした。    
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