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翌朝、コーヒーと客が持ち寄ったパンという簡単な朝食の後、永青が厳かに宣言した。
「この中に、桜小僧がいます」
「え、永青さんの小説のネタではなくてですか」
と礼奈が目を丸くした。
「そう。殺人ではないし、警察にも通報しません。でも我々桜愛好家にとっては許しがたい罪なので、この場で断罪しようと思う」
「昨日の夜中、あなたたち2人、永青さんと森次さん、外に出たでしょう? 何してたの」
美世が鋭く追及するように言った。
「もしかして、2人のどちらかが桜小僧?」
美世の剣幕につられて、礼奈が口にした。
「いや、どちらでもない。森次さんは、濡れ衣を着せられたんだ」
3人はその言葉に目を見張った。
「ど、どういうことですか?」
「森次さんを陥れた人物は、彼に夢遊病の気があることを知っていた。それについて相談も受けていた。なぜならその人物は、満月の夜に彼が夢遊病でフラフラ外に出た時、居合わせたからだ。
相談されて、それは解離性同一性障害(多重人格)ではないかと吹き込んで、彼の不安をあおった。
その人物は桜への異常な執着を持っていて、桜の盆栽などを収集していた。
ここのしだれ桜に魅せられ、森次さんに枝を所望したが、断られた。おそらく、女を武器に迫ってみたのだろうが、全く相手にされなかった。
それで森次さんへの恨みを募らせ、彼を陥れようと桜小僧の計画を練った。もっとも桜小僧は、その人物の欲望を満たすものだが」
永青の話の内容から、礼奈と豊田はそれが誰を指しているのか察した。
その人物ーー美世は、甲高い声を上げた。
「さすが小説家。面白いプロットね。でもそれは虚構でしかない」
「いや、あんたが濡れ衣を着せようと森次さんの枕もとに置いたバンダナ、思惑通り彼はそれを頭にかぶったが、彼は夢遊病であって、解離性同一性障害ではない。俺が保証する。
夢遊病では車を運転して都内に行って桜の枝を折ることはできない。従って、彼ははめられた。
そのバンダナにはよく見れば模様がある。警察が所有している監視カメラの映像を分析すれば、桜小僧の頬かむりの模様と同一だとわかるだろう。
さあ、警察沙汰にするか?」
美世は狂ったように笑った後、急にうなだれて言った。
「そうよ。あなたの言う通りよ、永青さん。私はどうしてもあのしだれ桜の枝を手に入れたかった。自分で挿し木にして育てたかった。
森次さんが桜小僧だとわかれば、もう桜守を続けることはできないでしょ」
美しいものは、しばしば人を狂気に駆り立てる
と永青は呟いた。
(了)
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