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宿坊は何といってもしだれ桜観賞がメインなので、予約を制限するほどするほど込み合うのは桜が開花する2週間ほどで、その後の葉桜、新緑、秋の黄葉の時期にも訪れる人はあるが、冬場はさすがに閑散としていた。
今3月半ば、しだれ桜の花は見ごろを迎え、比類のない美しさを誇っている。
桜の木は寺の裏の墓地を見下ろすように立っていた。寺の僧侶のものと思われる卵型の墓塔がいくつか立ち並んでいて、一段下になった区画は無縁仏の墓のようで雑草がはびこっていた。
これだけの巨木だと墓地の中にまで根を張っているのではないかと、森次は考えた。
桜は優しく弔うように花びらを墓の上に散らしながら、その一方で死者たちが埋められた土からエネルギーを吸い取っているという怪異な想像が、森次の身内にぞわっと寒気を吹き込んだ。
桜の美しさは清浄のみではなく、妖気を帯びている。
森次は羽織物の前を合わせて、ブルっと身震いした。
月も現世にあることを忘れて、夢幻の軌道を描いている。
森次は月を見上げてその丸さを確認し、一抹の不安を覚えた。
明日の午後には、4人の客人が来る予定だ。そのうち2人は常連と呼べる顔なじみで、後の2人は初対面だった。
楽しい時を共有できるだろうか。
森次は桜守の宿坊の主人の顔になってしだれ桜を一瞥すると、建物の中へと足早に戻った。
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