2,桜愛好者たちの夜

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今回は人数も多めなので、夕食は鍋にした。 森次は客を麓の駅まで迎えに行ったとき、駅の近くのスーパーで野菜や肉、魚など鍋の材料を買い込んだ。 台所で野菜を切っていると、礼奈が「私やります!」と弾んだ調子で言った。 こたつの上に卓上コンロを置いて、土鍋に材料を入れてグツグツ煮ると、皆の表情が緩んできた。 壁の温度計を見ると10℃で、鍋から立ち昇る湯気はありがたい温もりだった。 森次が「石油ストーブをつけましょうか」と訊いたが、皆そこまで寒くないから」と断った。 鍋をつつきながらの会話は、今巷で話題になっている「桜小僧」のことだった。 桜小僧とは、都内を中心にあちこちの桜の名所の公園や社寺に咲く桜の枝を折って盗む輩で、防犯カメラに闇に紛れて枝を折る姿が映っており、その黒装束、黒い布での頬かむりが鼠小僧を連想させたことからその名で呼ばれるようになった。 「鼠小僧って、金持ちから盗んで貧しい人に施す義賊だよね。桜小僧は自分の趣味で桜を盗むから、やってることは全然違う。なんで鼠小僧を真似たんだろう」 永青がそう疑問を投げかけると、美世がそれを受けて言った。 「さあ、黒だと目立たないからなんでしょ。頬かむりはおまけかしらね」 豊田はニュースの中で軽く触れていたのを見たと言い、礼奈は女性誌の編集者から聞いたと打ち明けた。 「桜小僧、捕まるんでしょうか」 「桜の枝を折ることは、器物損壊罪だからね」 と永青が指摘すると、美世が異を唱えた。 「桜の木の所有者が告訴しないと、罪にならないのよ」 「だけど……、罪は罪ですよね。桜の木はデリケートだから、枝の切り口から細菌が入って枯れるんですよ。だから剪定した後は、切り口に癒合剤を塗ってふさぐんです」 豊田が植木のプロらしい意見を述べ、同業の森次の顔を窺った。 森次は豊田の言葉の正しさを裏付けるように、神妙にうなずいた。 そこへ礼奈が思いついたように尋ねた。 「杉坂さん、桜守としてどうですか。桜小僧の所業は許しがたいですよね。それに、ここの桜が狙われる可能性だってありますよ。都心の桜だけじゃなくて、近郊でも桜小僧の犯行と思われる桜の枝切り事件が増えているそうですよ」 「いや、いくら桜小僧でも、ここの桜守の目を逃れて枝を切るなんて不可能だよ。ねえ、森次さん」 永青がそう言って、森次に目配せした。 「ハハハ、それはどうかな」と苦笑してから、森次は真顔で付け加えた。 「桜守はともかく、ここのしだれ桜を傷つけるなんて、天が許さないでしょう」 そのきっぱりした口調に4人は森次の桜守としての心意気を見たようで、感じ入った。
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