第15話 星の雫

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第15話 星の雫

「あぁぁぁぁぁっ、俺の13万オールぅぅぅぅぅぅっ!!!!」 「制服くらい帰ったら経費で新しいものをおろしますからいい加減泣き止みなさい、全く……」 「司祭様、リオン様、大丈夫ですか!?」  すっかり穏やかに戻った砂浜で墨まみれのマントにすがり泣き叫ぶリオンと、呆れ顔のシエルにセレーネが駆け寄る。  一瞬変な間を開けて、シエルがこちらに向き直った。 「……えぇ、貴女のお陰です。本当に助かりました」 「いいえ、危険なお役目をお任せしてしまい申し訳ありませんでした。お怪我はありませんか?」 「それこそ適材適所という奴ですよ、問題ありません」 「ーっ!?」 「おや、これは失敬!」  そう答えながらローブを脱ぐと、丁度クラーケンに溶かされてしまったらしく、古い傷跡の目立つシエルの胸元が顕になる。頬を赤らめ顔を逸らしたセレーネに謝りつつもどこか愉快そうなシエルの背に、背後から大きなタオルがかけられた。 「ふふ、聖職者たるもの純情なお嬢さんに意地悪をするものではありませんよ」 「……?えぇと、どちら様で」 「くっ、クラウス殿下!」  問いかけを遮るように上げられたリオンの声に驚いたセレーネにバッと顔を向けられ、今しがた現れた青年がたおやかに微笑む。 「ご挨拶が遅れ申し訳ありません。ルナリア王国第2王子、クラウスと申します」  金色の髪に翡翠の瞳の美しい青年が、高貴さを隠さない仕草で自己紹介を述べる。 「ーっ!こちらこそ大変なご無礼を……!セレーネ・クレセントと申します。以後お見知り置きくださいませ」  身分の高い側から名乗らせるなど非礼極まりない。慌てて膝を折ったセレーネに、クラウスは柔らかく微笑んだ。 「そう緊張なさらず。我々は貴方を心より歓迎し、敬意を払う所存ですから」 「そんな、私など大層な人間ではありませんので……」  だが、クラウスの穏やかな空気のお陰で萎縮せずに話せそうだ。ほっと息をつくセレーネを他所に、シエルがクラウスに話しかける。 「先程の援護射撃、助かりました。心より感謝いたします」 「いいえ、むしろ私だけ出遅れてしまい申し訳ありませんでした。皆様ご無事で何よりです」  シエルとクラウスのやり取りで、ようやく彼が国王夫妻の言っていた今回の同行者であったことを理解する。と同時に、クラウスがセレーネに向かい右手の平を広げて差し出した。 「さてと、不躾ながらあまり時間もありませんので話を進めましょうか。そちらをお見せ頂けますか?」 「ーっ!はい」  セレーネの浄化により美しい白へ変貌した、大粒の真珠。それを受け取り、転がしたりつまんでみたりした後、クラウスがそれを思い切り海に放り投げる。 「あぁぁぁぁぁっ!!何しやがるんすか勿体ねぇ!これだからお貴族様って奴は……っ!!?」 「大丈夫ですからお前は少し黙っていなさい、全く騒々しい……」  発狂したリオンをシエルがそう諫めるが、彼ほどでは無くとも予想外の行動にセレーネも驚いている。  しかし、宙を舞った真珠は海には落下せず、不思議な光に誘われてセレーネの掌に戻ってきた。 「あ、あの、これは………?」 「手荒な真似をして申し訳ありません、“星の雫”を確かめるには術者の手元から引き離すのが一番手っ取り早いものですから」 「“星の雫”ってアレですよね。古代天体魔法の一つで現代には使い方が伝承されてないっていう星霊魔法の要になるとか言う。でもそんなもんお伽噺(おとぎばなし)なんじゃなかったんすか?」  セレーネの手から真珠をつまみ上げ首を傾げるリオンの言う通り、ミーティアで再三読み漁った文献に“星の雫”の具体的な情報は何もなかった。  しかし、さり気なく懐に真珠をせしめようとしたリオンの手を捻り上げながらシエルが続ける。 「火の無き所に煙は立たず。こと魔術の世界において“伝承”は、時に下手な書物より核心に近い事もあります。世間一般的に伏せられていても、実際蓋を開ければこんな話は身近にいくらでも転がっているものですよ」 「いだだだだだっ!ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!返しますから離してください、マジ千切れる……!」 「謝罪するならはじめからするんじゃない、足を洗ってもう随分経つでしょう」 「いやぁ、一度染み付いたスラム根性はたかだか10年ちょっとじゃ消えないっすよ!」 「威張るんじゃない!」  パァンと小気味いい音でリオンの頭を叩き、『場所を変えましょう』とシエルが指を鳴らす。  気がつくと、宿舎の客室で長椅子に腰掛けていた。 「司祭様は本当に魔術に長けて居られるのですね……!」 「……ーっ!えっ、えぇまぁ、お褒め戴く程の事ではありませんよ」  一瞬裏返った声音を誤魔化すように咳払いをするシエルを見て、クラウスが驚いた様子でリオンに囁く。 「これは驚きました。聖女様と司祭様は良いご縁で結ばれておるのですね」 「いやぁ良縁になるかはまだわからんでしょ。なんせ司祭様はへ……痛っ!」 「はい、星の雫について簡単に説明しますから私語は慎むように」  『なんで俺だけ!』と憤慨するリオンを他所にシエルが黒板に書き込んだのは、先日セレーネが彼から受け取った絵本にあった内容に近しいものだった。  初代大聖女が力を振るっていたのは、同時にこの大陸が最も瘴気に侵されていた時代。つまり、現在とは比にならぬ程の強力な魔物達が各地に存在していた。  大聖女は各地を周りその魔物の長を星の力で浄化し、穢を払われた者の魂は天へと還され星座へと生まれ変わり。その際に生じた魔力の結晶を用い、大聖女は新たな魔術を編み出した。それは後に星座となった魂の魔法、”星霊魔法“と呼ばれ、要である魔力の結晶石を”星の雫“と名付けた……という物語。 「それが、実話だったと……?」  セレーネの問いかけに、シエルも真剣な面持ちで頷く。 「えぇ。そしてセレーネさんには、初代大聖女と同じ……瘴気を浄化出来る力がそなわっていると思われます」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 「教祖様!お待ちください、今ステラを刺激するのは得策ではありませぬ!」 「離せ!大聖女様亡き今、齢14の小娘にご機嫌取りをしている場合か!?」  要を失ったミーティア国は、現在破滅へと進み続けている。  大聖女による結界はもはや紙切れ同然。瘴気に侵された魔物の侵入がきっかけで、各地で大地や水の汚染が始まった。  聖女見習い達は原因不明の急速な魔力衰退により八割が資格剥奪、教会を追われ暴徒化した民には狙われ、怯えながらも故郷にすら帰れず。荒屋同然の廃教会にて日がな互いに罵倒しあっている。  瘴気による健康被害を受けたが治療を受けられない民はろくに仕事を回すことが出来ず、当然物流等も破綻。農作物も収穫量は例年の半分以下となるだろう。その僅かな収穫物さえ、国土が汚染された今、食して大丈夫かも怪しい。  現状を打破出来るのは、次の大聖女として最も適したステラのみ。しかし本人は『(セレーネ)が見つかるまでは決して力を貸さぬ』の一点張りで未だ自室に引き籠もっていた。  そして現在。その事に業を煮やした教祖が力づくでも魔力を使わせようと、ステラの部屋に押しかけたというわけだ。  結界解除の術式を組み込んだ太刀を片手に荒ぶる教祖の男を、年老いた神父達が必死に制する。 「どうか気を確かに!無理に連れ出して万が一、他の聖女見習いのように教会からも逃げ出されたら王家になんと申し開くおつもりか!!」 「左様、気持ちはわかりますが何卒、何卒いまは冷静に……!どのみちステラを正式に大聖女としたとて、今更汚染された国土をすぐに戻すことは出来ますまい。“瘴気”の浄化は、長きに渡る歴史の中で初代大聖女様にのみ与えられた、神のお力ですからな……」 「だからこそ!この地が草の一本も生えぬ死の大地になる前に結界を貼り直させると言っているんだ!離せこの老いぼれ共が!」  生気の無い老人達を振り払い、太刀で扉をぶち破る。  押し入った少女の部屋はもぬけの殻で、端を結び合わせた桃色のシーツだけが哀しく窓際で揺れていた。
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