8-8

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(あれは、あの子と初めて会った日だった……)  海沿いの町へ到着した直後のことを思い出した。あの男の子が、門の前に立っているのを見かけた。親子連れを見て、寂しそうな顔をした。すぐに俯いて、手を握りしめて我慢していた。  俺と同じなのか?そう思った。気になりつつも、声をかけることが出来なかった。小さな子の相手をしたことがなかったからだ。沙耶なら平気だろうが、気恥ずかしくて頼めなかった。  俺と沙耶達が滞在した親戚の家には従兄弟が住んでいた。初めて会う子だった。祖父母と暮らしながらも、俺は幼いときから母方とは親戚づきあいをしていなかった。おそらく俺だけだ。勘当した娘が生んだ息子だからだろうか。  母は15歳の時に反対を押し切ってモデルの仕事を始めて、都内で一人暮らしを始めたそうだ。19歳の時に父と出会い、恋人同士の関係になった。本妻や、他にも愛人が存在する男だ。しかも、25歳も年上の男だ。祖父母達は2人の仲を賛成しなかったそうだ。 それが黒崎製菓のトップだと知ったときは、地位と金に目がくらんだのか?モデルとして活躍するためなのか?と、親戚中から非難を浴びていた。これは成人した後で知ったことだ。祖父母からは教えられなかった。俺の前では母の話題は出なかった。  あの夏に親戚の家に招かれたのは、俺が自由が無い生活をしているのだと同情されてのことだ。音大の推薦を勝手に父に断られたと知った親戚達が心配をして、俺のことを呼んでくれた。可哀想な子だと言われていた。沙耶と怜も招かれたのは、学生らしい思い出を作るためだ。おそらく最後の。それを理解した上で訪ねた。 (あの子が遊びに来た日のことだ……)  到着して数日後の午後のことだ。リビングで沙耶たちと話していた。遊びに来たとはいえ、俺達は大学受験を控えている身だ。勉強ばかりで遊ぶ時間がないと言い、沙耶と怜がため息をついていた。俺は英会話を習いに行くため、昼から英会話教師の家に行き、夜に帰宅する日々を送っていた。 「黒崎君。せっかく来たのに、遊べる時間がないのね」 「英会話のレッスンだって?」 「親父からの命令だ。龍二のピアノ練習にも付き合う約束だ」 「あ、ノックだ」  部屋の扉をノックする音が聞こえてきた。叔父さんだろうか。しかし、ノックの位置が低い気がした。4歳になる従姉妹の龍二だろうかと思った。  扉を開くと、予想したとおり、龍二が部屋に入ってきた。両親が忙しいせいか、大人びた子供だった。友達を連れて来ていると言っていた。隣の部屋にいるそうだ。一緒に遊びたいと言っているらしい。 「ナツキ君っていうんだ。3歳だよ」 「へえ。近くに住んでいるのね。会いたいわ」  龍二に連れられて部屋へ行くと、男の子が畳の上で正座をしていた。真っ白な肌に黒い髪をした、人形のような子だった。彼も大人びていた。本当に3歳なのかと驚いた。すると、彼が俺達を見て微笑んだ。 「お姉ちゃん、ドロシーに似ているよ」 「オズの魔法使いのこと?」 「うん」 「怜ちゃんは、かぐや姫みたいだよ」 「嬉しいな。でも、僕は男の子なんだよ。女装をしているんだよ」 「ジョソー?」 「そうだよ。こっちのお兄ちゃんは?」 「きょじんへー」 「ははははーー」  沙耶たちが笑い始めた。ナツキが口にしたのは、背の高いキャラクターだそうだ。沙耶達が笑っているのに、ナツキは真剣な顔をしていた。本当にそう思ったらしい。
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