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此度、相対するは
前回の時渡りからまたひと月が経った。道場の夜の部を終えて帰宅した雪治は腹拵えを済ませると、ひとつ深呼吸をして気持ちを落ち着かせ、木刀を持つと目を閉じて全身を時渡りの力で包んだ。
江戸に降り立つと当然辺りは真っ暗だが、事前に目を閉じていたおかげで暗順応がしやすく、雪治はすぐに長屋の方へと歩き出した。
相変わらず突き刺さるこちらの隙を窺う"人ならざるもの"の視線に、無意識に雪治の木刀を持つ手に力が入った。纏わせた澄んだ力――仲良くなった宮司いわく"霊力"で間違いないらしい――の微かな明かりを頼りに、清之助とおりんのいる長屋まで行くと、閉ざされた長屋木戸の前に座り込んだ。
この場所であれば見つかっても知人がいるし、今までの2回ともこの長屋に"人ならざるもの"が入ってきていた。念のために霊力を木刀だけでなく全身に纏わせ、雪治は一旦眠ることにした。霊力は全身を包むと厚みが減るが、こうしておけば万が一起きる前に攻撃を受けても致命傷は免れるだろう。
丑の刻になる頃、雪治は目の前が明るくなって目を覚ました。夜廻りのための清之助の提灯だった。雪治も驚いたが清之助はもっと驚き思わず後退り、目を見開いた。危うく落としそうになった提灯を持ち直し、清之助が雪治の顔を照らした。
「なんだおめぇかい!驚かすんじゃねぇよ!」
「すみません、仮眠しようと思って……もう皆さん寝静まっていたので外で」
「次は変に遠慮しねぇで叩き起こせ、暗闇に座ってる方が怖くて敵わねぇや」
「申し訳ない。そうします」
清之助は見知った顔を見て安堵すれば呆れと慈愛の眼差しを向けた。ばしばしと勢いよく背中を叩く清之助に詫びて笑みを見せた雪治は、しかしすぐにその顔を引き締めることになった。
「妖か?」
「そのようです。清之助さんはいったん中へ。俺は片をつけてきます」
「おう、頼りにしてらぁ」
勢いよく殺気の方へ体を向けた雪治の肩を祈りを込めてひとつ叩き、清之助は家の中へと戻っていった。清之助が戸を閉めたことを確認し、雪治は居合の構えで殺気のある方へと走り出した。殺気は長屋をいくつか越える方向だ。路地を走っていくのはタイムロスだろう。雪治は屋根の上へと登り、4棟ほど先の屋根の上に佇む"黒い靄"を睨み付けた。
屋根を駆け抜け、次の長屋へ飛び移り、"靄"のいる屋根へと辿り着いた雪治は、勢いのまま霊力を纏わせた木刀で斬り掛かった。ふわりと余裕を持って木刀を避けた"それ"は鎌をふたつ、両手に持って構えた。
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