【2】仮想空間の犯罪者

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会議を始めようとした咲を富士本が止める。 手招きで真田を前に呼んだ。 「まぁ、もう皆んな知っているだろうが、改めて紹介しておく。本日付けで、中央署刑事課から転任した真田…え〜と…」 「空羽(くう)です。空に羽と書いて、くう」 「すまん…と言うことだ。殉職した戸澤と土屋の代わりにと、花山警視総監がその実力を見込んで配慮したものだ。当面は久宝とバディを組んでもらう。桐谷は昴をバディとし、同行はあまりないが、連携して動いてくれ」 機密警察の経験から、色々な裏事情に詳しい肉体派の久宝と、頭脳派の真田。 CIAエージェントの経験から、単独行動が相応しい桐谷には、バックアップの情報源となる昴。 誰も異論のない采配である。 「では改めまして、真田です。初めてここに通報した時から、呼ばれなくても来るつもりでいました。この身、自由に使ってやってください。役には立てると思いますので」 嫌味のない、素直な感じが気持ちいい。 そんな雰囲気を持った超人である。 「久宝さん、よろしくお願いします」 「こちらこそです」 握手しながら、自分が元機密警察で、真田の能力も調査済みであることを承知していると感じた。 「よし! じゃあ始めるわよ。まずは今朝の事故について、久宝、よろしく」 タブレットを操作し、メインモニターに自己現場の写真を幾つか映す久宝。 「場所は、1号線が皇居外苑に沿って向きを変える、片側4車線同士の広い交差点。事故車は全部で7台。その内、信号無視をしたシルバーのスポーツカーは、交差する大型トラックに跳ね飛ばされ大破。幸い…と言って良いと思いますが、死亡したのはその運転手1人だけです」 「幸い…ね。まぁ確かに。交通量の少ない時間帯で良かったわ。しかし…幾つかの映像を見る限り、4車線の車の間を縫って暴走してた様だから、居眠りや脇見運転じゃないわね」 「トラックの運転手の話では、跳ね飛ばして転がる車を見るまで、全く気付かなかったとのこと。少し斜め後ろにいた、数台の車の運転手達も同じく」 「突然現れたって言うの?これだけ暴走する姿がカメラに映ってるのに?おかしいでしょ!」 「咲さん、それなんですが…妙なことに気付きました。昴さん、あの映像を」 紗夜に言われて、映像を映す昴。 赤信号にもかかわらず、加速しながら交差点に飛び込むスポーツカー。 「フロントガラスを拡大してください」 正面斜め上。 信号機に設置されたカメラである。 「あら?確かに妙ね」 咲も、フロントガラスに映った信号機に気付く。 「フロントガラスに映った信号機は、赤ではなく青です。それだけじゃありません。90度違う角度から、トラックの正面を写した映像ですが、ぶつかってかなり飛ばされるまで、スポーツカーは映っていません」 スポーツカーの傾斜したフロントガラスには、ほぼ垂直に信号機のカメラが向いているため、信号機が映っていて正しい…その色以外は。 トラックのほぼ垂直なフロントガラスには、前方斜め上から見れば、トラックの前方斜め下、つまりはスポーツカーが映るべきであった。 「考えられるのはただ一つ」 咲の愚痴より早く、昴が言い放った。 モニターに、今朝小笠原が見せたホログラム映像を映し出す。 「タブレットで、コッソリ録画してました。CVW社のバーチャルシステムで、あのスポーツカーやトラックと交差点など全てを、瞬時に3Dモデルとして取り込み、それぞれから見える景色を作り変え、フロントガラスにバーチャルマッピングする。それなら可能です」 「なるほど。つまり、スポーツカーの運転手は、実際とは違う作られた青信号を見ていて、トラックや周りの車の運転手達からは、スポーツカーは消されていた…そう言う仕掛けですか、何とも恐ろしい技術」 全てを理解した真田。 「良くわかんねぇが、この事故もあのPhantom(ファントム) syndrome(シンドローム)ってやつと似た手口ってことか?」 苛立つ淳一。 「私も射撃の訓練に利用してるけど、あそこまでリアリティーが高い仮想空間が、身近に存在したとしたら、何が本物で現実なのか、全く安心できない世界ね。小笠原社長自ら、早朝にここへ来た理由は納得だわ」 (桐谷さんは…彼を疑ってる?) 紗夜が、彼女の疑心を感じ取った。 (違います、紗夜さん) すかさず、昴が否定した。 「念のために伝えておきますが、CAPS(犯罪者予測システム)で、あの2人を分析しました。皆んなが見て感じた通りの善人で、真剣にこの事態に向き合っています。世に出した責任を感じて、気の毒なくらいでした」 バーチャル技術が創り出す仮想空間。 そのリアリティの追求は、急速に進化を遂げようとしており、悪用すればリアルな脅威となる。 その危機感を感じ、成す(すべ)もない無力さに、黙り込む刑事課の面々であった。
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