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あの時、スマホで撮影しておいたものである。
シワだらけの手記。
『悔恨』
紗夜の心に浮かんだのは、その2文字だった。
誰が、何に想って書いたのか?
少なくとも、川坂すみれではない。
シワだらけの紙に書かれた、恐らく真実。
その文字に込められた殺意と憎悪。
それに優るとも劣らない後悔の思念。
〜手記〜
もう
過ぎてしまったことは戻せない
いや
違う
戻そうとも思わない
あんな父と母はもう見たくはない
白和泉 保都
なぜ生きている
復讐もなく生きている
そんなの絶対
許さない
川坂・
名前を書きかけて終わった遺書。
暫しの沈黙。
全員が、何度も何度も読み返した。
少しして…
ため息の様な語りで、豊川が呟く。
「死因は青酸カリ。しかし現場には容器らしいものはなく、他殺の可能性もあったが…」
凪原を覗き上げる豊川。
「長女遼子の事故死を聞いて気が抜けたのか、あっけなく白和泉 保都《たもつ》は死にました。病状が悪化する中で、主治医は今までよく持ち堪えたものだと…」
(複雑な心境)
白和泉家に対する権力と財力への嫌悪。
されど、娘の遼子への愛情は強く感じる。
しかし、川坂家を支配し続けた財閥。
死んだ川坂すみれへの悲哀。
「川坂すみれには弟がいて、15歳で家を出たまま行方不明。今のところ神奈川県警では、彼が白和泉遼子を煽って事故死させた、第一容疑者と見て捜査しています」
「動画の中ではカケルと呼ばれており、川坂すみれの弟、川坂 晴翔の名前には、翔の文字が使われていますので、間違いないかと思います。姉の自殺を見て、あの遺書を投げ込み、容器を持ち去った」
「昴、確かに可能性は高い様に思えるけど、カケルなんて名前、世の中には何万といるわ。先入観は刑事には禁物よ。もしあの場にいたなら、なぜ自殺を止めなかったの? どうして青酸カリの容器を持ち去ったのか? 何だか引っ掛かるのよね〜」
「1つ言えるのは、白和泉遼子を煽った奴と、昨日現れた白のベンツは、同一人物よ。かなり腕はいいけど…走りの悪いレーサーね」
前を走った桐谷の断言に、異議はない。
「一応、レーサーのライセンスを10年分調べましたが、川坂も晴翔もなし。その代わりに、日比谷で死んだ、南野 慎司は、見つかりました」
「あの偽の信号機にやられたヤツか。どこのレーシングチームだ、昴?」
「チームに所属していた履歴はなく、レースの実績はない様です。今回も免停状態でしたからね」
「昴さん、川坂晴翔だけど、あの走りじゃ国内では無理だと思うわ。行方不明だったなら、海外のレーシングチームで調べてみて」
そこへ通信機から、凛が割り込んだ。
「調べたわよ。アメリカニュージャージー州で、大きなレーシングチームに所属してたけど、危険な走りで他のレーサーを死亡させ、僅か半年で追放されてるわ」
「あの発音の訛りはそれで…。多分他のメンバーも、その頃からの仲間ね」
アメリカ各地の訛りをマスターしている桐谷。
彼女だから分かることである。
「CIAって、そこまでするの?」
「地域に溶け込むためにね。他国でも同じく」
今更ながら感心する面々。
「アイに調べさせたけど、晴翔は日本人でチームを組んでいた様で、恐らく白和泉遼子を煽った時の撮影メンバーは、チームの頭脳である狭間 直志、ドライバーは桝崎 光、後は桜田 優羽、都築 真琴の4人だと考えられるわ」
「マジか…」
淳一が呟き、皆んなも理解した。
「都築真琴って、あの東京タワーから落ちて死亡した警備員です!」
昴が関係者の写真一覧を映した。
「どうやら、煽り屋グループ『Hunter』とファントム・シンドロームは、無関係ではなさそうですね」
含みのある笑みを浮かべて、真田が昴に続いた。
「これまでの事件で、亡くなったのは、その都築と日比谷の南野 慎司。そして、白和泉遼子」
「その南野慎司の車ですが、やはり動画サイトD-Momentに、煽り運転動画がいくつかアップされていました」
久宝が、その動画を映し出した。
大破したあのスポーツカーに間違いない。
「それから、渋谷で事故を起こした、佐伯 正孝について。桜銀行受付の磯和 佳苗さんが、わざわざ訪ねて来てくれて、社内では話せなかった佐伯さんのことを教えてくれました」
「そうだったな。何でも…一度デートに誘われて、ドライブに出かけたらしく、箱根の峠でドリフトしまくりだったとか。前の車を煽っては抜き去り、めちゃくちゃ怖かったってよ。ハンドル握ったら人が変わる、典型的なストレス溜めまくりサラリーマンだなありゃ」
「彼についても車を探ったら、やはりD-Momentに、煽り動画が幾つかアップされていました」
ほとんど寝ずに、動画サイトを探っていた久宝。
中央線脱線事故の運転士、片桐 宰についても、所有する車を同僚達から聞き取り、煽り動画で見つけていたのである。
「つまり、被害者は皆んな煽り屋ってことね。それも、後ろの車から撮影してるから、同じグループと見て間違いないわ」
「模倣犯もあり得るんじゃないの、桐谷?」
「咲さん、煽り屋達はかなりの腕前。当然それについて行く撮影車のドライバーは、それ以上のテクニックが必要。そんなグループが、そうあるとは思えないわ」
皆んなの頭の中に、『Hunter』が浮かんだ。
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