【1】Provocation〜煽り〜

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【1】Provocation〜煽り〜

〜静岡県三島市〜 雄大な富士山を臨み、140万平方メートルという広大な敷地に広がるチャンピオンコース。 芦ノ湖CC(カントリークラブ)から始まった、全日本アマチュア女子ゴルフ選手権大会。 20:00過ぎ。 ほとんどの選手達が、次の舞台へ向かった中、取材陣を振り切れないでいる白和泉(しらいずみ) 遼子(りょうこ)。 「白和泉さん、20歳(はたち)のデビュー戦を単独首位でのスタート。亡くなられたお父さんも、喜んでいることでしょう」 「そう…ですね。熱心な父のレッスンがあったからこそ、今日のスコアを出すことができたものと思います」 父親は遅咲きとは言え、アマチュアのタイトルを制覇し、プロとして世界が見えていた矢先に病に伏し、闘病の末、45歳の若さでこの世を去った。 幼い頃からゴルフ場が庭であり、全ての生活の空間であった遼子。 厳しい父親に調教めいた特訓を強いられ、病が見つかってからは、さらに激しさを増した。 そんな遼子を支えたのは、どこかへ消えた母ではなく、姉の存在であった。 「皆さんすみませんが、そろそろ明日の会場へ移動しないといけないので、失礼します」 引き止める声を無視し、遼子を引っ張り出した。 荷造りは済ませてあり、車のキーを投げ渡す。 「待たせてごめんなさい姉さん」 「遼子は人が良すぎよ…飲んでないわよね?」 「大丈夫、飲むふりで誤魔化したから」 話しながら緑のミニバンに乗り込む2人。 付人などはいない。 因みに…パッティンググリーンが得意な遼子。 そのカラーに(こだわ)ったが(ゆえ)の緑である。 「新車に変えてもカラーは変わらず…か。まぁいいけど💧。しかし、初日から2位に3打差の7アンダーなんて、飛ばしすぎよ」 「私の力と言うより、名キャディーがいたおかげよ。寒かったでしょうあんな薄着で」 白和泉家は代々財閥として名を馳せ、現在は不動産企業で、岩崎建設と名を連ねる白和泉建設。 父の白和泉保都(たもつ)は、そのCEOであった。 姉にはその高い知能を伸ばし、跡を継がせるべく様々な勉学に専念させていた。 「厚着じゃ風は読めないからね。明日のコースも研究済みだから、安心して任せなさい」 「さすが天才キャディー。お父さんはそんなつもりじゃなかったんでしょうけどね」 「遼子にはあの父の相手をさせて、大変な思いをさせちゃったからね。私が世界へ行かせてあげるわ。会社は父の側近達が何とかするから、後回しにしたっていいわよ」 実際のところ、遼子への罪悪感は強かった。 自分だけ自由だった気がして… 「しかし姉さん、来月はもう結婚式でしょ?彼氏を放っておいていいの?」 父の余命が短いと分かった時点で、敷かれたレールには乗らないと決めていた。 「だ〜い丈夫よ、彼は挙式よりも仕事頑張ってるし。もう段取りは全て決まってるから」 「やっぱり…継ぐ気はないのよね」 「遼子にはバレバレよね。私が建設会社経営なんて、あり得ないわ!」 「確かに…姉さんの能力が勿体無いわ。私は最初から大賛成よ。お幸せになってくださいませ」 「ありがと。しかし島内さん…だっけ?あのキャディーさんには悪いことしたかな。さすがに前日に交代は…私が言うのも何だけど💦非常識よね」 「この選手権の間だけだし、ああ見えて、私よりプレッシャー抱えてたから。大金貰ってハワイ付きなら、喜んでるわよ」 「それもそうね、アハハ」 そんな話をしながら暫く走った頃。 あることが気になっていた。 車は芦ノ湖スカイラインから、箱根スカイラインを北上している。 「後ろの黒のスポーツカー。ずっと遼子の安全運転に、ピッタリついて来てるわね」 「やっぱりそう思う? 対向車も少ないし、さっさと抜けばいいのに。まさか…違うわよね?」 「心配し過ぎよ。そのマイナス思考の癖は、いい加減やめた方が楽しいわよ」 「そうだけど…」 辞めたいと思いつつも、つい考えてしまう。 煽り運転が、社会問題として騒がれ始めた頃。 黒いスポーツカーによる、酷い煽り運転の動画が、SNS上で話題になっていた。 「前回は確か…横浜の湾岸線だったわね。とにかく気持ち悪いから、あの先の広いところで左に寄って、先に行かせてみましょ」 「分かった…」 不安気に、ウィンカーを光らせ、左に寄せる。 スポーツカーは普通に行き過ぎ、少し後に来たワゴン車も過ごしてから、本線に戻った。 「やっぱり気にし過ぎね。疲れてるからかな…」 「お疲れは分かるけど、頼むから寝ないでよ、私はまだ免停中なんだから。そうね…近道にもなるし、スカイライン出たら、御殿場の交差点を401号線じゃなくて、736号線で行こうか」 「それって…長尾峠よね?」 「あら、よく知ってるわね遼子」 「イニシャルEって漫画に出てたから。こちらからだと…確か…心霊スポットになったトンネルがあるところよね」 ナビの画面に交差点が現れ、トンネルが見えた。 長尾峠は、静岡県御殿場市と神奈川県足柄下郡箱根町との間を通る、静岡県道401号・神奈川県道736号の長尾隧道。 箱根外輪にある、標高940mほどの峠道である。 御殿場からの入り口には、150mの長尾トンネルがあり、心霊スポットとしても知られている。 「あんなのただの噂よ。道は狭いけど、富士屋ホテル仙石GC(ゴルフコース)には近道よ」 「さすがにさっきの車は、もう来ないわね」 躊躇(ためら)わずに、トンネルへと長尾峠のルートを選んだ遼子であった。
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