【4】バーチャル・リアリティ

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会議を終えた頃。 刑事課の電話が鳴った。 「はい警視庁刑事課、事件?事故?」 咲が取り、スピーカーに切り替える。 手を止めて聞く皆んな。 「こちら本庁機動捜査隊の神田、首都高都心環状線汐留ジャンクション付近で、煽り運転による事故発生。犯人(ホシ)の車は赤いフェラーリで、芝浦ジャンクションから都心高速11号台場線を、レインボーブリッジ方面へ逃走中。咲さん、交機隊(交通機動隊)の奴らは間に合わない。特対本部で確保を要請します」 「了解よ神田隊長。任せなさい」 昴がTERRAの衛星画像をモニターに映し出す。 赤い車がレインボーブリッジに向かっている。 「奴が台場に来るとは思えない。桐谷、有明ジャンクションから湾岸線を豊洲方面へ向かって。紗夜と淳は、念のため台場出口で待機。久宝、真田は個別に357号線で並走し、降りたら確保を」 「私がヘリで有明ジャンクションの臨海副都心方面を遮り、豊洲方面へ誘導するわ」 「助かるわ凛、みんな気をつけて!」 「了解❗️」 各自が駆けて出て行く。 昴が各車のモニターに映像を繋ぐ。 「単独犯の様ね。神田隊長、事故の方はどう?」 「若いカップルのワゴン車が転倒していたが、大したことはなさそうだ。直ぐに2台を追走に送るから、よろしく頼む」 「おいおい神田、捜査隊は大人しく交通整理でもしてろ。交機隊はもう直ぐ環状線から浜崎橋ジャンクションで台場線に向かうところだ」 「司紗(つかさ)、フェラーリには追いつけない。ここは特対本部に任せろ」 「絹峰(きねみね)隊長、本部刑事課の鳳来だけど、奴はもうレインボーブリッジに近い。本部(うち)には、プロ級のレーサーがいるし、ヘリも出てるから、無駄に首都高を撹乱しないで任せなさい」 「チッ!咲か…分かった。今回は任せてやる。絶対に逃すんじゃねぇぞ」 交通機動隊は刑事部に所属するため、本庁直属の刑事課の指示には歯向かえない。 「全く…貴方達2人は同期なんでしょ? 何でいつも敵対意識剥き出しなのよ」 「うるせぇ、咲には関係ない。じゃあな!」 「司紗(つかさ)とは、以前に色々あってな…許してやってくれ」 物腰の穏やかな神田(かんだ) 志郎(しろう)。 荒っぽいが人情深く、腕の立つ絹峰(きぬみね) 司紗(つかさ)。 「咲さん、兄貴はあの東京都公安委員会会長の絹峰(きぬみね) 総司(そうじ)だぜ。あの兄にして、この弟ってことだ」 電話を切った咲に、淳一が通信機でボヤく。 何度かやり合った仲である。 「咲さん、監視カメラ映像から、フェラーリの運転手が分かりました。世田谷に在住の郵便局員、八重樫(やえがし) 新太(あらた)、28歳」 「銀行員と電車運転士の次は郵便局員? 全く日本のお堅い社会は、どうなってんのよ」 「それだけ日頃のストレスや不満が、溜まり溜まっている社会ってことですよ。しかし、その若さでフェラーリは無理ですね。単独犯ですが、例のグループの一員でしょう」 冷静に考え、伝える真田。 「今、レインボーブリッジに乗りました」 「了解昴。バッチリ見えてるわ。何なら粉々に粉砕してやってもいいんだけどね」 「り…凛さん💦 冗談に聞こえないからやめて下さいよ、ほんとにもぅ…」 TERRA屋上から発った凛のジェットヘリ。 レインボーブリッジ展望台の先にある、台場下り口で待ち構え、機銃を向けて阻む。 「クソッ! 何なんだあの戦闘ヘリは⁉️」 ヘリの集音マイクが、八重樫の呟きを拾う。 そのまま並行し、次の有明ジャンクションで、豊洲方面へ行かせる。 「桐谷、そっち行ったわよ、後よろしく」 「了解、見えたわ。200キロの違反切符を手配しといてくれる」 言いながらアクセルを踏み込み、時速280キロに加速する。 (しかし…このTERRA製の特別寄贈車、メーターが時速500キロまであるけど…マジ❓) ほとんどの日本の普通車は、180km/hまでの表示であり、一部の高性能車、トヨタGRヤリスで280km/h、レクサスRC-Fや日産GT-Rでも340km/hまでである。 (羽があったら飛ぶわね) そう思ってふと見ると、赤い翼マークのボタン。 (まっ…マジだわ💧) 高度メーター付の理由を理解した桐谷であった。 「桐谷、曙橋までの区間は、全ての一般車両を停車させたと連絡があったわ。好きに料理して」 「サンキュー!」 一気にフェラーリの真横ギリギリにつく。 「こちら警視庁の桐谷よ。八重樫(やえがし) 新太(あらた)、今直ぐ脇に寄って停まりなさい」 車装の通信システムが、フェラーリのオーディオに侵入し、桐谷の警告を伝える。 突然現れた高速車と、その声に驚く八重樫。 思わずアクセルを目一杯踏み込んだ。 300キロを超える速度で、停まっている車を避けながら、桐谷が遅れずに並走する。 「この先の曙橋に、バリケードが張られたわ、死にたくなかったら諦めなさい」 しかし、自棄(ヤケ)になった彼には、スピードを下げる気配は見られない。 「仕方ないわね❗️」「ギュゥォン🔥」 桐谷の車が火を噴き、瞬時に前に出た。 前方で減速し、強制的に止める策である。 「桐谷! そんな速度じゃバリケードにッ❗️」 「最悪でも、この車の装備なら私は死なないけど、アイツは死ぬわ。これしかない!」 と、その時… 「う…うわァアアア⁉️」「ギャギャギャ‼️」 桐谷のオーディオから聞こえた悲鳴と、後ろに遠ざかる激しいスリップ音。 「バカ❗️そのスピードで急ブレーキは⁉」 「ババババンッ💥」 瞬時に4輪がバーストし、黒煙が尾を引く。 「ガキン! ダンッ❗️」 ロッキングしたエンジンシステムが、弾みでボンネットを突き上げ、宙に舞い上がるフェラーリ。 「ギュギュギュギュウォーン💫」 小刻みにブレーキングし、サイドブレーキを引いてドリフトしながら滑る桐谷。 その振り向いた後方。 「ドドドーン💥💥」 火花と加熱で燃料タンクが爆発し、空中に飛散するフェラーリの車体と八重樫。 「八重樫ぃー❗️」 白煙を上げて停まる車から叫ぶ桐谷。 「なにっ⁉️」 衛星画像を見ていた皆んなと、ヘリから見ていた凛の…呼吸が止まった。 この一つの事件は、予想外の展開へと続く、ほんの始まりに過ぎなかったことを、この後知ることになるのであった。
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