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〜芦ノ湖CC〜
駿河湾を見渡す大浴場から出て来た3人。
それを待っていた彼女。
「待たせて悪かったね、紗夜」
「紗夜も一っ風呂浴びてくりゃいいのに」
「淳ったら、私が風呂上がりには、必ず一杯やるの知ってて言ってるのよね?」
「そうでした…運転手ご苦労様です紗夜様」
「ほぅ、紗夜でも晩酌を?」
興味あり気に、豊川が問う。
「ほんの少し…ね💦。さ、さぁお腹空いたわ。富士本さんの奢りですからね」
「ああ、勿論だよ。何でも食べなさい」
警視庁直下の特別な刑事課。
今は港署にいるが、半年後にはお台場に30階建てのビルが完成する予定である。
その課長であり、紗夜の育ての親、富士本 恭介。
そして、鑑識部の部長、豊川 勝政。
もう一人は、同じ刑事課の宮本淳一。
紗夜とは新婚ホヤホヤである。
「非番の日にすまないね。私はこれでもゴルフが唯一の趣味でな、GDOクラブ(ゴルフダイジェスト・オンラインクラブ)の会員で、ここの社長とは同期なんだよ。今はちょっと入院中らしいが」
「だ〜から今日のチケットが手に入ったのか」
「淳!不正入手みたいに言わないのよ!ねぇ?」
「えっと…💦 まぁ…会員特典…かな?」
(富士本さん…💧)
読心能力を持つ紗夜。
「いらっしゃいませ、富士本様。社長からは聞いております。今夜は特別なメニューをご用意しましたので、ごゆっくりお楽しみください」
追い討ちをかけるウェイター。
「そ…そうですか!いやぁ…彼とは戦友…じゃなくて💦 幼馴染みでね。気を遣わせてしまったな」
「大学の同期も幼馴染って言うのかねぇ、なぁ紗夜。ともかく戦友はねぇだろ」
「分かってますから、頂きましょ。とにかく、富士本さんのおかげには違いないし」
「で…では、直ぐにお持ち致します」
意味深な雰囲気に、慌てるウェイター。
係の者に合図をしようとした時。
事件は始まった。
「キャァアアー‼️」
吹き抜けのホールに響き渡る悲鳴。
「一つ上の右奥です」
彼女の心を読んだ紗夜が、階段へと先に走る。
淳一、豊川、富士本がそれに続く。
2階に上り、その部屋の前へ着いた紗夜。
「川坂すみれ…確か優勝候補だったはず」
開け放たれたドアのそばに、立て札があった。
「警視庁の宮本紗夜です。あなたは…付人の方ですね。落ち着いたら話を聞かせてください」
警視庁バッジ付の警察手帳を見せ、中へ入る。
(荒らされた様子はない…か。自殺?)
心でもう手遅れと悟った紗夜。
そこへ3人が入って来た。
「そんな⁉️川坂すみれさん…課長手伝って!」
「触らないで淳!現場検証が先よ」
「確かに…ざっと死後1時間ってとこか。ん?」
豊川の疑問の先を感じ取り、紗夜も見た。
遺体から離れた床に、丸めた紙が落ちていた。
既に手袋をしている紗夜と豊川。
テーブルのボールペンを取り、匂いを嗅ぐ紗夜。
豊川が差し出した袋に入れる。
「紗夜、手袋常備とは、誰かに似て来たな」
ニヤリとする豊川。
「顔面紅潮と全身痙攣の痕跡に…」
遺体の口元に鼻を近づける。
まさか?と思い、驚く淳一。
「微かだがアーモンド臭。青酸カリだな」
「豊川さん、開いても?」
丸められた紙を手に取り、紗夜が確認する。
「あぁ、その状態で指紋採取は無理だ」
紙を開き、読む前に匂いを嗅ぐ。
覗き込む淳一。
「遺書か…12番で終わっちまったからな彼女」
淳一の呟きに、思い出す富士本。
「あぁそうだったな。風を読めずにOBし、バンカーにリカバリーミスで3オーバーだったな」
「キレてキャディーを首にしたもんだから、付人の彼女がキャリーバッグを運んでたが…」
床に座り込んでいる彼女を見る淳一。
「確かに川坂さん…最初から心理的に集中出来て無かったわ。大勢いたし、遠かったからあまり読めなかったけど」
「そりゃあ前評判が凄かったからな。プレッシャーは半端無かったんじゃねぇか?」
(あの怯えた感情…何かが違う)
「ただの自殺じゃねぇな。容器が見当たらねぇ」
「豊川さん、地元警察が到着した様だ。我々は退散するとしよう。彼女もあれじゃ何も聞けそうにないしな」
「そうね。紙面の写真は撮りました」
「よし、面倒になる前に出るとするか」
別の階段を使って下り、外へ出た4人。
車まで無言で歩き、乗り込んだ。
「あの書面は、少なくともあの部屋のボールペンじゃなく、もっと高級なインクの匂いがしたわ」
盲目であった頃に身についた、嗅覚と聴覚。
読心能力と併せて、紗夜の武器である。
峠の事故については、東京に着いた頃に知った。
これが始まりであるとは、思いもせずに…
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