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高嶺 雅。
高嶺財閥を手にする為に、高嶺 真純の妻である志穂は、後取りを持つべく長男を望んだ。
しかし、身籠った第一子は不運にも女子であり、その強い欲望から志穂は、第一子を…捨てた。
長女を処分した産婦人科医師は、小さな命を哀れに思い、その細胞を保存して研究対象にした。
鬼才と言われた天才生物学者、草吹 甲斐が開発した人口細胞技術。
その技術を手にした彼は、人口細胞と共に長女の細胞を培養して、志穂に受胎させたのである。
その結果生まれたのが、高嶺雅。
人工細胞技術により生を得た、長男であり長女。
Androgynous。
自然界に於いて極稀に生じる両性具有者である。
「誰にも実証出来るはずはなく、真相を私は胸の内に封印しました。追えば更に犠牲者が増え、想像も出来ない事態になる。それを私は恐れた」
「じゃあ、やはりあの時の猟奇的殺人は…」
「グッ…」
紗夜の右掌が疼く。
「大丈夫紗夜?」
「はい…。あの医師や看護師を狂わせ、屋敷の人達や警官達を操り、殺させて殺したのは…紛れもない、あの雅の仕業なんです❗️」
「そんなこと…生まれたばかりの雅が?」
「あの子は…長女の怨念と、人間の醜い欲望が創り上げたモノ。全く新しく、途轍もなく恐ろしい存在です。人であって、人でも悪魔でもない未知のモノ」
紗夜が視たモノを、理解することはできない。
その恐怖と絶望感に、共感もできない。
「し…しかし紗夜、雅はまだ幼い子供。羽間衣千香は立派な大人よ。関係ないんじゃない?」
「咲さん覚えてますよね、草吹甲斐が複製した母や、進藤 由香と藤堂 美波。僅かの間に中学生に成長し、不死身の肉体を得た彼女」
「まさか紗夜は、あの羽間衣千香が、成長した高嶺雅だとでも言いたいの?」
現実の世界が捻じ曲がって行く感覚。
そんな不可思議な空間を感じた、刑事課の面々。
と、そこへ。
「失礼します。高嶺真純社長をお連れしました」
気のせいか、あの事件の時より老けて見えた。
軽く会釈をし、中へ入って来た。
「これはまた、高嶺社長さんが何のご用で?」
富士本が、まず声を掛けた。
「あの節は、大変お世話になりました」
そう言いながら、メンバーを見渡す真純。
そしてため息を吐いた。
「紗夜刑事は、いらっしゃらないのですね?」
「紗夜は少し休養中で、良かったら話はお聞きいたしますが、いかがでしょうか?」
電話が通じていることは伏せた富士本。
「妻が亡くなる前に、紗夜さんに直接伝えて欲しいと言っていたものですから」
「そんなまさか!、志穂さんがお亡くなりに?」
「はい。5日前に病状が急変しまして、急いで妻のいるアメリカへ飛んだのですが、電話口で息を引き取りました」
異様な雰囲気の中、その関係者が現れ、話題の中心でもある志穂が死んだと言う偶然。
「高嶺真純さん、お久しぶりです」
スピーカーからの紗夜の声に、驚く真純。
「紗夜さん、聞いておられましたか。良かった、妻からのメッセージを伝えられますね」
「とりあえず、どうぞお掛けください」
さりげなく真田が椅子を勧める。
軽く会釈をして腰掛けた。
「志穂さんは、雅さんを連れて、アメリカへ行かれたのですね。もう日本にはいられないから」
「やはり紗夜さんはお見通しですか。あの子は普通ではありませんでした。性別の話ではなくて、まぁ…それも含めてですが、全てがあり得ないものでした」
「真純さん。志穂さんは何と?」
「ただ一言…『関わるな』と」
「えっ? たったのそれだけなの?」
予想とは違い、拍子抜けした咲が聞き返す。
その深い意味を、彼らは知ることになる。
「雅さんは今どこに?」
「問題はそれです。妻をいたぶる様に、内面から死においやり、護衛たちに互いに殺し合せて全滅させました。その後の足取りは不明ですが、指名手配された写真を見て、こちらへ来た次第です」
話しながら、内ポケットから写真を取り出した。
「これが、消える前の雅です」
「えっ❗️ 羽間衣千香‼️ でもどうして?」
本来ならまだ1歳ほどのはずが、写真の人物は中高生の容姿で、顔は衣千香に似ていた。
「昴、直ぐに顔認証を!」
写真を昴に渡す。
「何をするつもりかは、想像もできません。今回の事件に雅が関わっていたなら、出会った者は既に、雅の手中にあるのかも知れない」
「つまり今回の事件のどこかで、私達は雅に操られていた可能性がある、ということですか…」
理解の早い真田が思い返すと、納得できることも少なくはなかった。
「とにかく雅は危険です。特に紗夜さん、何故かは私には分かりませんが、あなたへの執着心はかなりのものと、妻が話していました。関われば、どうなるか…。気をつけてください。そして、何とか雅を…殺して欲しい」
父親とは思えない言葉に、返事に戸惑う。
「捕まえることは不可能です。もしかしたら、殺すことさえ無理なのかも知れない。私がこうしてここに来たのも、雅のシナリオの一部では?とも考えてしまいます。もし現れたら連絡しますが、作戦を練って慎重に対処してください」
「咲さん、顔認証の結果、整合率は87%で、間違いなく彼女は雅です!」
今回の事件で、唯一残った主犯の逮捕。
その相手が、得体の知れないモノと分かった。
「では皆さん、お邪魔しました。くれぐれも、気をつけてください」
「わざわざ来てもらって、ありがとうございました。まだ俄かには信じ難いですが、慎重に捜査にあたります」
深々と頭を下げ、出て行く真純。
見送る皆んなの心には、疑心と恐怖が刻まれた。
「雅は私達に撃ち合いをさせることも、自殺させることもできた。しかしそうはせずに消えた。目的は、全員を知ることだったのかも知れません」
「え〜いもう❗️ 何だか知らないけど紗夜、やっぱりあなたの力が必要だわ。これが始まりなら、受けて立とうじゃない。絶対にあんなヤツを許しちゃいけないわ!」
「ですね…とりあえずは、捜査情報を集めながら、作戦を考えましょう」
「刑事である以上、危険は承知の上。皆んなとなら、勝てそうな気がします」
咲、昴、真田が緊迫したムードを和らげる。
他の皆んなも笑顔で頷いた。
こうして、主犯の逮捕を残して、一連の煽り屋Hunterと、バーチャル映像よる事件は終わった。
その頃、江東区清澄にある高嶺真純の邸宅。
大きな門のドアホンを、1人の少女が押した。
「はい、どちら様でしょうか?」
執事の八角 友蔵がモニターを見る。
「KANNAです。雅について、あなたに少し話を聞きたくて来ました」
少し間をおいて、門が開かれた。
時を同じくして、葛飾区京島。
古風な白壁に瓦葺きの塀に囲まれた敷地。
その中央に聳え立つ、関東新龍会の本部ビル。
その玄関にもまた、1人の少女が立った。
「何か用か? お嬢ちゃん」
門番が顔を近付けニヤリとし、肩に手を乗せた。
無表情でその手を片手で掴む少女。
「進藤 刃に用がある。美波が来たと伝えろ」
握られた手首に、少女の指が減り込む。
「グオッ!」
その反応を見て、手を放した。
慌てて中へと入る門番。
その後に続いて行く、藤堂 美波。
何人かが現れる中、ロビーのソファに座った。
今まさに、呪われた者達が東京に集い、新たな闘いが始まろうとしていた。
その危機的状況に気付く者は、まだいない。
その中心にいる、紗夜でさえも…
Viewer and Spectator 完結
✨心譜✨
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