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応接室に入るなり、ブラインドを下ろす羽間。
予想外の素早さに、声も出ない富士本と咲。
「失礼しました。どこから監視されているか分からないので。用心しないと…」
「安心していいわ、このビルのセキュリティは万全よ。窓も多少の爆弾じゃ破れない特殊強化ガラスだし、外部からの盗聴や内部の探知は不可能」
「その様ですね。ただ…我々が開発した、新しいバーチャルシステムがハッキングされ、どうやら悪用されている様なのです」
そこで、少し間が空いた。
「オフレコにするわ。昴、監視モニターとマイクをオフにして」
「分かりました」
「うちの案件は重大犯罪が主だから、仲間には共有するのが常なの。これで大丈夫よ。詳しい者を同席させても良いかな? 私と部長じゃ多分…💧」
頷き合う小笠原と羽間。
「そうですね、よろしくお願いします」
ドアを開けて昴を呼ぶ咲。
喜び勇んで入る昴。
「刑事課の神崎昴です。いつも利用させてもらっています。本当に素晴らしいです!」
「昴、いいからとにかく座って」
「ご利用をありがとうございます。競争の激しい分野なので不安でしたが、おかげ様で何とか波に乗ることができました」
参入してから、僅かな間に上場企業に格が上がり、今や世界中から注目され、活用されている。
「早速だけど、話を続けてくれる?」
IT業界にも企業にも、全く興味はない咲。
「は…はい。我が社は複合的なクラウド型プラットフォームを構築し、あらゆる分野に活用して頂いています。更に、そこには進化したバーチャルシステムを導入し、ある意味…無数の社会や生活空間を作る基盤を提供しているのです」
目を輝かせて聞く昴の横で、化石になる2人。
感じ取るまでもなく、分かった小笠原。
「先日の渋谷での交通事故ですが、運転手が見たと言う女性ですが…あるバーチャルルームにいるアバターと、特徴が全て一致するんです」
「えっ?…まさか…」
「それだけではないんです。不審に思って調べたところ、東京タワーから飛び降り自殺した係員と一緒にいた男性、中央線の脱線事故を誘発させた運転士が目撃した線路上の男性、他にも何軒か、皆んなそのルームのアバターに似ているんです」
「それって…Phantom syndrome ですね、咲さん」
「バカなこと言わないで昴。警察がそんな幻を信じてどうすんのよ!」
そう言いながらも、気になる情報ではあった。
引いていた富士本も、思わず身を乗り出す。
今まさに、この東京の人々を怯えさせ、未だ解決の糸口すら掴めずにいる事件。
被害者は死亡。
加害者となった者や目撃者が語る、存在が証明できない人物達。
メディアでは、ゴーストシンドロームや、幻によるファントムシンドロームと呼ばれ始めていた。
「衣千香」
小笠原の囁きに、鞄からタブレットを取り出してテーブルに置く羽間 衣千香。
素早く操作し、入り口に着く。
「ここが、そのルームの入り口です。中でのやり取りは分かりません。利用者数は50人ほどになってはいますが、パターンを解析すると、同じ人物が複数のアバターを使っている様です」
「これって…どこかのビルの事務所か何か?」
「咲さん、これは全てCGで、本物ではないんです。このリアリティがとにかく凄いんですよ!」
「まぁ…もちろん中には、実写を使ったものもありますが、これは架空の会員制バーチャルオフィスで、パスワードが無いと、私達でも入ることはできません」
「では、どうやって知ったのかね?」
当然の疑問である。
個人情報に触れないのが、この業界で人々の信頼を得る為には、重要なことである。
「個人情報を得るための、詐欺師グループが運営する悪質なサイトも多いですが、私達CVWはそうではありません。ただし、アバターの製作や登録については、厳しくチェックしています」
「実在する著名人や、人種や障害を含めた差別的なものは、認めていないのです」
なるほど…と納得する3人。
そして昴に湧く疑問。
「想像もできないほど無数のアバターを、どうやって厳しくチェックできるんですか?」
「そこが、我が社が開発した統合的AI技術です」
(また出たか…AI💧)
「今度の人工知能ってのは、大丈夫なの?」
「はい??」
唐突で、理解できない2人。
「こら咲💦…何でもない、気にしないで」
慌てて富士本が、理解できない質問をかき消す。
散々振り回された、AIやIoTによる事件。
気持ちは分かるが、一般の者が知るはずもない。
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