【2】仮想空間の犯罪者

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警視庁刑事部長が慌てる姿など、縁のない2人には想像すらできず、戸惑いは隠せない。 「はぁ…」 首を少し傾けて、無理やり受け入れる仕草。 そんな珍しい社長の様子に、眉を寄せる羽間。 「色々とありまして。続けてください」 冷静な昴が話を戻す。 「はい。今や全世界に無数に存在する監視カメラやAI端末を、法の許す範囲で利用し、我が社のAIシステムに記憶させています」 とにかく凄いことであるのは、咲にも分かった。 「実は、これに気が付かれたのは、システムを開発した、副社長でもある社長の奥様なんです」 女性としてか、尊敬の気持ちが見て取れた。 「妻の梢枝(こずえ)が、最近 D-Momentと言う動画投稿サイトを始めまして、ふと気が付いたとのことでした。言われてみれば、実在せずとも存在するって言えば、バーチャル世界がその最たるもの。試しに、渋谷の事故の情報からこのモデルを作り…」 タブレットに3D画像の女性が映る。 咄嗟に昴が、持ち込んでいた端末から、その情報を引っ張り出す。 「肩までの濃い茶髪に、鼻筋が美しく色白の小顔。真っ赤なリップに細く鋭い眉毛。ピンクのシャツを垂らして、ベージュのスーツ、下半身は履いているか不明で、白に黒い靴紐のスニーカー…」 「間違いないわ、彼女よ」 捜索手配したモンタージュ画像と一致した。 いや…それよりも、遥かにリアルで正確。 「これをシステムで検索し、見つかったアバターが、こちらです」 そう言いながら小笠原が、テーブルに掌サイズのキューブを置いた。 「えっ⁉️」 驚く咲と富士本。 向かい合っているテーブルの上に、彼女がいた。 「これが最先端のホログラム技術です。キューブが一つでは、まだ3Dキャラクターが透けて見えますが…」 小笠原が、追加で2つのキューブを置いた。 「な…なんと⁉️」 「三角配置に置けば、この様に完全な3Dアバターを映し出すことができます」 「スターウォーズやスタートレックの世界だな」 「部長、古過ぎですよ。TERRAのVsinger Duo 『Angel Live』を知ってるでしょう?」 「昴…その話はもうやめて、トラウマが…」 「そう言えば、バーチャルシンガーの事件がありましたね。それから、富士本さんが言った映画。あれこそがホログラムの原点なのです。これはその進化したもの。例えば…」 小笠原がスマホを取り出し、操作すると女性は消え、代わりに実物大の肘から先の腕が現れた。 「これをこうすると…」 小笠原が、自分の右腕の掌を広げると、卓上の腕も掌を広げた。 そうして、横に振り翳し…振った。 「何っ⁉️」 咄嗟に左肘を曲げて左頬に構え、映像が繰り出した平手打ちを防御した咲。 当然ながら、予期した衝撃は無く、すり抜けた。 「さすが咲さん、避けずに受けるとは」 感心する昴。 空手有段者の鳳来咲である。 「どうやったの、今のは?」 キレなかったのは、事件の糸口が見えたから。 それと、相手がイケメンだったため…。 「すみません。ふざけたつもりはありません。こうすれば、知っていてもリアルに感じてしまう。ましてや、映像と知らなかったら尚更のこと」 「昴、東京タワーの件を、下からスマホで撮影した映像があったわよね」 「はい、待ってください。これですね」 昴がタブレットを操作し、回収した極秘映像をモニターに写した。 「彼にはきっと、男性が見えていたのだと思います。そして、そこにはない足場も…」 「つまり、彼は自殺じゃなくて、その男性を救おうとして、映像の足場に踏み出して落下したってことなの?」 「だと思います。恐らく映像は、ドローンを使って作成したものかと」 信じられない展開に、まだ思考が追いつかない。 だが、3人は確信した。 「ファントムシンドロームは全て…事故や自殺じゃなくて、殺人ってことなのね❗️」 「だから、あなた方刑事さん達は捜査してるのですよね? 不審感を持って。そう思いましたので、こうして朝からお伺いさせて貰いました」 「クソッ!」 部屋を飛び出す咲。 「あれ?皆んなはどこ?」 「あ、咲刑事。先ほど日比谷での多重事故の通報があって、また不審な目撃証言や映像があるとのことで、皆んな出て行きました。私はとりあえずお留守番です」 「あらそう真田さん。ご苦労様…って💦 何であなたが留守番してんのよ⁉️」 「あ、真田さん、そう言えば今日からでしたね」 「でしたね…じゃないでしょ、部長❗️」 朝からの来客で、すっかり忘れていた富士本。 通信機を耳に装着する咲。 「皆んな聞いてる?」 「はい」「何、咲さん?」 「聞こえてます」 「ぜ〜んぶ、幽霊や幻なんかじゃないわ! 今から、全てを殺人事件に切り替えて、捜査本部を立てるから、ドローンや不審な車両や人物の目撃情報も調べて、映像は全て回収を❗️」 「殺人事件だと? 咲さん、本気か?」 「淳、武士に二言は無いわ、よろしく❗️」 「わ…分かった。頼むから刀は持ち出すなよ💦」 その光景を、唖然と見つめる2人。 それへ近寄る咲。 「助かったわ。因みに、そいつらの素性はわかるのよね? 次にアクセスして来たら連絡を」 「咲刑事、追えないことはないですが、それは…できません」 「はぁ? 殺人事件かもしれないのよ! 緊急事態なのよ、何とかしなさいよ❗️」 「こら咲、落ち着け」 なだめる富士本を気にせずに、咲の前に一歩踏み出した小笠原(おがさわら) 駿壱(しゅんいち)。 「顧客との信頼は、我が社の生命。私だけならかまいません。しかし、世界にいる3万人の社員とその家族を、犠牲にはできません❗️」 これには、さすがの咲も参った。 「もちろん、今後もできる範囲で協力はしますが、今日の情報も、決して我が社からであることは、外部には漏らさない様にお願いします」 「承知しました。本当にありがとうございます。奥様にも、よろしくお伝えください」 固い握手を交わす富士本と小笠原。 「一つだけ。盗まれたのは、その映像技術なのね? それって、簡単にできるものなの?」 「はい。今やスマホでも、バーチャルコンサートをネット配信できます。ホログラムアプリも既に存在し、ヘッドセットと、このモーションキャプチャーさえあれば、誰でも操作可能です」 右腕を捲り上げ、身につけたモーションキャプチャーを見せた。 「分かった。ご苦労様、感謝するわ。昴、被害者の共通点を見つけ出して。必ず何かあるはず。これは、連続殺人事件よ!」 深々と礼をして背を向けた2人。 そこへ、注文したコーヒーが届いた。 「これは、ミリさん。すみませんが、失礼します。中の方に差し上げてください」 そう言って出て行った。 「全て調べた上での訪問…ってわけか。私は、CVW副社長、小笠原梢枝を探ってみます」 真田が、笑みを浮かべて呟いた。
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