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警視庁刑事部長が慌てる姿など、縁のない2人には想像すらできず、戸惑いは隠せない。
「はぁ…」
首を少し傾けて、無理やり受け入れる仕草。
そんな珍しい社長の様子に、眉を寄せる羽間。
「色々とありまして。続けてください」
冷静な昴が話を戻す。
「はい。今や全世界に無数に存在する監視カメラやAI端末を、法の許す範囲で利用し、我が社のAIシステムに記憶させています」
とにかく凄いことであるのは、咲にも分かった。
「実は、これに気が付かれたのは、システムを開発した、副社長でもある社長の奥様なんです」
女性としてか、尊敬の気持ちが見て取れた。
「妻の梢枝が、最近 D-Momentと言う動画投稿サイトを始めまして、ふと気が付いたとのことでした。言われてみれば、実在せずとも存在するって言えば、バーチャル世界がその最たるもの。試しに、渋谷の事故の情報からこのモデルを作り…」
タブレットに3D画像の女性が映る。
咄嗟に昴が、持ち込んでいた端末から、その情報を引っ張り出す。
「肩までの濃い茶髪に、鼻筋が美しく色白の小顔。真っ赤なリップに細く鋭い眉毛。ピンクのシャツを垂らして、ベージュのスーツ、下半身は履いているか不明で、白に黒い靴紐のスニーカー…」
「間違いないわ、彼女よ」
捜索手配したモンタージュ画像と一致した。
いや…それよりも、遥かにリアルで正確。
「これをシステムで検索し、見つかったアバターが、こちらです」
そう言いながら小笠原が、テーブルに掌サイズのキューブを置いた。
「えっ⁉️」
驚く咲と富士本。
向かい合っているテーブルの上に、彼女がいた。
「これが最先端のホログラム技術です。キューブが一つでは、まだ3Dキャラクターが透けて見えますが…」
小笠原が、追加で2つのキューブを置いた。
「な…なんと⁉️」
「三角配置に置けば、この様に完全な3Dアバターを映し出すことができます」
「スターウォーズやスタートレックの世界だな」
「部長、古過ぎですよ。TERRAのVsinger Duo 『Angel Live』を知ってるでしょう?」
「昴…その話はもうやめて、トラウマが…」
「そう言えば、バーチャルシンガーの事件がありましたね。それから、富士本さんが言った映画。あれこそがホログラムの原点なのです。これはその進化したもの。例えば…」
小笠原がスマホを取り出し、操作すると女性は消え、代わりに実物大の肘から先の腕が現れた。
「これをこうすると…」
小笠原が、自分の右腕の掌を広げると、卓上の腕も掌を広げた。
そうして、横に振り翳し…振った。
「何っ⁉️」
咄嗟に左肘を曲げて左頬に構え、映像が繰り出した平手打ちを防御した咲。
当然ながら、予期した衝撃は無く、すり抜けた。
「さすが咲さん、避けずに受けるとは」
感心する昴。
空手有段者の鳳来咲である。
「どうやったの、今のは?」
キレなかったのは、事件の糸口が見えたから。
それと、相手がイケメンだったため…。
「すみません。ふざけたつもりはありません。こうすれば、知っていてもリアルに感じてしまう。ましてや、映像と知らなかったら尚更のこと」
「昴、東京タワーの件を、下からスマホで撮影した映像があったわよね」
「はい、待ってください。これですね」
昴がタブレットを操作し、回収した極秘映像をモニターに写した。
「彼にはきっと、男性が見えていたのだと思います。そして、そこにはない足場も…」
「つまり、彼は自殺じゃなくて、その男性を救おうとして、映像の足場に踏み出して落下したってことなの?」
「だと思います。恐らく映像は、ドローンを使って作成したものかと」
信じられない展開に、まだ思考が追いつかない。
だが、3人は確信した。
「ファントムシンドロームは全て…事故や自殺じゃなくて、殺人ってことなのね❗️」
「だから、あなた方刑事さん達は捜査してるのですよね? 不審感を持って。そう思いましたので、こうして朝からお伺いさせて貰いました」
「クソッ!」
部屋を飛び出す咲。
「あれ?皆んなはどこ?」
「あ、咲刑事。先ほど日比谷での多重事故の通報があって、また不審な目撃証言や映像があるとのことで、皆んな出て行きました。私はとりあえずお留守番です」
「あらそう真田さん。ご苦労様…って💦 何であなたが留守番してんのよ⁉️」
「あ、真田さん、そう言えば今日からでしたね」
「でしたね…じゃないでしょ、部長❗️」
朝からの来客で、すっかり忘れていた富士本。
通信機を耳に装着する咲。
「皆んな聞いてる?」
「はい」「何、咲さん?」
「聞こえてます」
「ぜ〜んぶ、幽霊や幻なんかじゃないわ! 今から、全てを殺人事件に切り替えて、捜査本部を立てるから、ドローンや不審な車両や人物の目撃情報も調べて、映像は全て回収を❗️」
「殺人事件だと? 咲さん、本気か?」
「淳、武士に二言は無いわ、よろしく❗️」
「わ…分かった。頼むから刀は持ち出すなよ💦」
その光景を、唖然と見つめる2人。
それへ近寄る咲。
「助かったわ。因みに、そいつらの素性はわかるのよね? 次にアクセスして来たら連絡を」
「咲刑事、追えないことはないですが、それは…できません」
「はぁ? 殺人事件かもしれないのよ! 緊急事態なのよ、何とかしなさいよ❗️」
「こら咲、落ち着け」
なだめる富士本を気にせずに、咲の前に一歩踏み出した小笠原 駿壱。
「顧客との信頼は、我が社の生命。私だけならかまいません。しかし、世界にいる3万人の社員とその家族を、犠牲にはできません❗️」
これには、さすがの咲も参った。
「もちろん、今後もできる範囲で協力はしますが、今日の情報も、決して我が社からであることは、外部には漏らさない様にお願いします」
「承知しました。本当にありがとうございます。奥様にも、よろしくお伝えください」
固い握手を交わす富士本と小笠原。
「一つだけ。盗まれたのは、その映像技術なのね? それって、簡単にできるものなの?」
「はい。今やスマホでも、バーチャルコンサートをネット配信できます。ホログラムアプリも既に存在し、ヘッドセットと、このモーションキャプチャーさえあれば、誰でも操作可能です」
右腕を捲り上げ、身につけたモーションキャプチャーを見せた。
「分かった。ご苦労様、感謝するわ。昴、被害者の共通点を見つけ出して。必ず何かあるはず。これは、連続殺人事件よ!」
深々と礼をして背を向けた2人。
そこへ、注文したコーヒーが届いた。
「これは、ミリさん。すみませんが、失礼します。中の方に差し上げてください」
そう言って出て行った。
「全て調べた上での訪問…ってわけか。私は、CVW副社長、小笠原梢枝を探ってみます」
真田が、笑みを浮かべて呟いた。
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