一軒家

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 ここは山形の山奥にある奥島(おくしま)という集落。古くから林業と農業で栄えてきた集落だ。交通は不便だったものの、最盛期には100人ほどが暮らしたという。だが、高度成長期から若者が去っていき、高齢者ばかりになった。そして、その高齢者もなくなっていき、つい最近までは畑中(はたなか)タエという老婆だけになっていた。そして、そのタエも亡くなった。そして、奥島は消滅集落となったに思われた。  ある日、雪が残る奥島を、1台の車が走っている。その車は隣の集落、神峰(かみね)の集落に住む男の車で、買い物帰りだ。早く家に急がねば。家では家族が待っている。  と、最後に住んでいたタエさんの家に軽4駆が停まっている。もう誰もいないのに、誰かが新たに住みだしたんだろうか? 一体誰だろう。とても気になるな。  男は家の前に停まった。そこには1人の男がいる。男は驚いた。その男を知っている。タエの孫、雄輔だ。東京に住んでいると聞いたが、ここに引っ越してきたとは。若者がこの町に引っ越してくるなんて、何年ぶりだろう。 「あれ? この人、雄輔さん?」 「うん」  雄輔は笑みを浮かべた。雄輔は嬉しそうな表情だ。ここに住んでいる事をわかってくれるだけでも嬉しい。 「ここで民宿を開こうかなって」 「えっ、どうして?」  男は驚いた。ここで民宿とは。本当に客が来るんだろうか? ここでやっていけるんだろうか? 「もう一度ここでやり直したいなと思って」  雄輔がここに来たのには、深い理由があった。悲しい過去がきっかけで、もう一度やり直そうと思い、ここに引っ越してきた。  ある朝、雄輔はいつものように仕事に出勤した。雄輔は東京のとある建設会社に勤める大工で、順調に腕を上げ、後輩から慕われるほどに成長した。  だが、今日の会社は騒然としている。何があったんだろう。社長が入口にいる。そして、社員がせわしなく辺りを歩いている。彼らは焦っているようだ。 「倒産って、本当ですか?」  それを聞いて、雄輔は驚いた。倒産? 昨日まで順調だった会社が倒産なんて、信じられない。夢だと言ってくれ。夢から覚めてくれ! だが、それは紛れもなく現実だ。 「ああ、申し訳ない」  雄輔はその場に倒れこんだ。僕はこれから何をすればいいんだろう。せっかく仕事が軌道に乗ってきた時にこんな事になるなんて。 「これから、どうすれば・・・」  と、後ろから誰かが肩を叩いた。常務だ。常務は泣きそうな表情だ。常務も突然の倒産が信じられないようだ。 「頑張って新しい仕事を探せ。それしか言えない」 「そんな・・・」  雄輔は呆然となった。また仕事を探さなければならないとは。不況のこの時代に、職を探せだなんて。こんな時代に誰がした。  帰り道で、雄輔は肩を落としていた。両親に、何と報告しよう。会社が倒産したと知ったら、びっくりするだろう。  雄輔は家の前にやって来た。家はいつものように立っている。だが、今はいつものようじゃない。 「ただいま・・・」  雄輔は肩を落として入ってきた。だが、自宅も騒然としている。自宅でも何があったんだろう。今日はどっちも騒然となっている。今日はただ事じゃないな。 「ど、どうしたの?」  雄輔は通りがかった母に聞いた。母は涙を流している。何か悲しい事でもあったんだろうか? 「おばあちゃんが死んじゃったんだって」 「そんな・・・」  雄輔は驚いた。まさか、タエが死ぬなんて。倒産にタエの死去に、ダブルショックだ。恐らく今日は、人生最悪の日だろうか?  数日後、雄輔は前岡(まえおか)町にやって来た。タエの葬儀のためだ。毎年、年末年始になればここの奥島にやって来た。だが、タエが死んでしまったので、もう帰る機会がなくなりそうだ。 「まさか、こんなに突然死んじゃうなんて」 「老衰だったそうだ。その時が来たんだな」  真っ先に訃報を知った叔父の久幸(ひさゆき)は位牌をじっと見つめている。昨日まで元気だったのに。まさか突然、亡くなってしまうとは。だけど、自分の人生を全うした最後なので、悔いはないんだろうか? 「そんな・・・」  と、雄輔は思った。タエがいなくなると、この奥島からは誰もいなくなってしまった。奥島は消滅集落になってしまった。 「もうこの奥島には人がいなくなったのか。おばあちゃんは、奥島の最後の住民だったらしいな」 「そうなんだ」  と、俊介は何かを考えているようだ。深刻な表情だ。タエが死んだ事とは関係がない、別の悩み事のようだ。 「どうしたの?」 「先日、勤めてた会社が倒産しちゃって」  久幸は驚いた。まさか、会社が倒産したなんて。すでに両親には話した。事が落ち着いたら、これから新しい職場を探すために、ハローワークに向かうつもりだ。 「そうなんだ。で、新しい就職先決まった?」  久幸は不安な表情だ。新しい会社を見つけないと、生きていけないし、成長できない。 「まだ。死んだ日に倒産しちゃったから」 「そうなんだ」  と、そこにタエの幼馴染の栄吉(えいきち)がやって来た。栄吉も何かを考えているようだ。2人はその表情が気になった。 「ど、どうしたの?」 「先日、旅館の主人が亡くなりましてね」  この前岡は宿場町で、旅館が何件かあった。だが、高齢化、過疎化によって、次々と閉館し、そして、先日、最後の旅館がなくなったそうだ。 「そうなんだ」 「後継ぎがいないんですよ。みんな、都会に出ちゃって」  栄吉は下を向いた。前岡は高齢者ばかりだ。若い者は全くいない。このままでは町すら消えてしまう。そうならないように、若者に来てほしいとお願いしているが、なかなか来ない。 「そうなんだ」 「この辺りで、旅館がここしかなかったのに」  久幸も不安になった。奥島のように、前岡は町ではなくなり、そして消滅集落になってしまうんだろうか? 誰か、若い者が来てくれないだろうか? 「うーん・・・」  と、雄輔は考えた。倒産して絶望するよりも、ここでもう一度人生をやり直して頑張ってみるとかどうだろう。旅館を営みながら、ここで農業をしてゆっくり過ごすのもいいな。  2人は考えた。雄輔は何を考えているんだろう。まさか、ここで暮らそうと思っているんだろうか? 「ど、どうしたんですか?」 「それ、僕にやらせてよ」  雄輔は本音を話した。2人は驚いた。まさか、継いでくれる人が現れるとは。それだけでもとても嬉しい。 「ど、どうして?」  栄吉は首をかしげた。突然、何だろう。東京で暮らしてきた雄輔がここで暮らそうと思ってるなんて。嬉しいけれど、突然の事で戸惑っている。 「もう一度ここでやり直したいなって思って」 「えっ!?」  久幸も戸惑っていた。急にどうしてここに住もうと思ったんだろう。東京で仕事を探さなくていいんだろうか? 「何もかも失ったから、ここでやり直して、再び頑張ろうかなって思って」 「そうなんだ」  久吉は笑みを浮かべた。もう一度ここでやり直して、のんびり生活するのもいいな。自然の中で暮らす事で、心が癒されるだろうし。 「いいでしょ?」 「うん」  こうして、雄輔はここで暮らす事になった。大工をしていたので、家のリフォームは得意だ。リフォームによって、古かった家はある程度は新しくなった。  それを聞いて、男は感心した。ここで暮らそうとする若者が現れるだけで、嬉しい。これに続いて、もっと若者がここで農業を営んでほしいな。そして、また奥島に、前岡に活気が戻るといいな。 「だからここに来たんですね」  男は右手を出した。握手をしようとしているようだ。男は笑みを浮かべている。 「これからよろしくね!」 「こちらこそ!」  雄輔は握手をした。ここの自然は東京と比べて厳しい。だけど、都会では味わえない自然の神秘がある。きっとここの魅力に気づくだろう。そして、この奥島が好きになるだろう。
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