猫令嬢の婚約破棄、後日譚。

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 あら、またお会いいたしましたわね。  ですが、初めてお目にかかる方もいらっしゃるようですから、私からご挨拶申し上げた方がよろしいでしょう。  《誓約者》バーガンディが末姫、エリスにございます。  隣に控えております猫達共々、よろしくお願い申し上げます。  あれからどうなったか、でございますか。  そうですわね。  皆様には、結末をお知りになる権利がおありになるでしょう。  ですが、あの後バーガンディ家は使用人共々王都を引き払いました。  今は王都から遠く離れたバーガンディ領におりますので、これからお話しする事は、全て伝え聞いたものとなります事をご了承くださいませ。  最初の異変は、あまりに些細な事にございました。  バーガンディ家が王都を引き払ってしばらく後に、王都とその周辺から一匹残らず猫が姿を消したのです。  バーガンディが猫を連れて行った、と笑う者もいたそうにございます。  ですが、暫くして笑い話ではすまない状況になりました。  猫がいなくなる。  それによって何が引き起こされたか、聡い皆様には既にお分かりの事でしょう。  そう、鼠が繁殖したのです。  その数は凄まじく、道一面を鼠が埋め尽くしていたとの話も耳にしております。  それにより、農村部では農作物が食い荒らされ、都市部では伝染病が蔓延したそうでございます。  宰相閣下も、病により命を落とされたとの事でした。  バーガンディの呪いだとまことしやかな噂が広まり、第二側妃様は「猫が、猫が……」と毎夜うなされていらっしゃるそうにございます。  白薔薇のようだともてはやされた美貌も、今は見る影もなくやつれ果てているとの事でございました。  陛下や貴族院の方々も対策をこうじていらっしゃるようですが、全て後手に回っているとの事。  無理もありません。  今までの王家には、《竜の加護》がありました。  また、それを支えるバーガンディがおりました。  極端な話を言ってしまえば、今までならばどのような愚策であったとしても、一定の効果があったのです。  ですが、今の王家には何もありません。  自らの愚行により、全て失われてしまったのです。  私が決断したせいで無関係の方々までもが苦しんでいる事に、胸が傷まないと言えば嘘になります。  ですが、私はバーガンディに生まれた者の責務を果たさねばならなかったのです。  もちろん、このような事態になる前に王家の方々を止めるべきであったのでしょう。  父も私も、陛下や王太子殿下に再三ご忠告申し上げてはいたのですが、聞き入れてはいただけませんでした。  いつの間にか、バーガンディは「猫を連れた田舎貴族」と軽んじられるようになっていたのでございます。  長い、あまりに長い年月が、王家の方々に忘れさせてしまったのでございましょう。  王家への《竜の加護》は、我がバーガンディの始祖から貸し与えられたものにすぎないという事を。  バーガンディの姿が常に王の傍らにあったのは、臣下としてではなく、『監視者』としての役割を果たすためであったという事を。  聞き及んだ話によりますと、王都では三日三晩嵐が吹き荒れたそうにございます。  三日目の明けの夜、空に怒り狂う竜とその背に乗る猫の姿を確かに見た、と申すものがいたとの事でございました。  それにより、ただでさえ権威が失墜していた王家に対する不信は更に高まり、近くクーデターが起こるのではないかともっぱらの噂だとは、出入りの商人から聞いた話にございます。  ああ、私はそろそろ参らねばなりません。  兄と、以前より婚約しておりました隣国カーマインの第二王女殿下が、この度めでたく式をあげる事になっているのです。  第二王女殿下はたいそう猫好きな方で、兄はよく「猫が目当てで、自分と婚約したのだ」と冗談混じりにこぼしておりました。    そして、兄達が無事式をあげられた後に、父とカーマインの皇太子殿下により、バーガンディ・カーマイン連合国家の樹立を宣言する運びとなっております。  私も、バーガンディの者として猫達と共に臨席せねばなりません。  お名残惜しいですが、この辺りで失礼させていただきたく存じます。  それでは、皆様、ごきげんよう。                            
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