120.ジェラート国王の愛する子

1/1
191人が本棚に入れています
本棚に追加
/126ページ

120.ジェラート国王の愛する子

『フランボワーズ』 『おとうさま!』  名を呼べば、愛する我が子は花咲く満面の笑みで駆け寄ってきて、私に抱き付く。 『えへへ、おとうさま大好き』  母と同じく、我が子は私を一心に愛してくれた。  我が子と過ごす時間は一瞬一瞬が何よりも尊い宝物で、夢のように幸福な日々だった。  だがしかし、それは本当に束の間の幸福でしかなかった―― 『フランボワーズ!? どうしてだ! どうしてこんなことに!!』  ――禁忌を犯した私をこの世界は許さなかった。  時空の(ゆが)みは世界の(ひず)みとなって、我が子の未来を狂わせ奪っていった。  私が何よりも愛する我が子は、幼くしてその命を落としたのだ。  最愛の彼女を失い、彼女が残してくれた我が子までも失うなど、耐えられる筈がなかった。  どんな事をしてでも我が子を取り戻したいと、後先も考えられずに私はまた時空魔法を使っていた。  禁忌を犯し、私は愛する我が子を取り戻したのだ。  半狂乱で正気を失っていた私は、我が子の時間ではなく、この世界の時間を巻き戻していた。  我が子の時間への干渉でなければ、彼女のように世界から拒絶される事はないだろう、そうであってくれと切に願い、日々を過ごしていた。  しかし、我が子は再び命を落とした。  何度も、何度も、何度も、何度繰り返しても、我が子の命は奪われる。  時には病で、時には事故で、時には暗殺で、時には私の為に自害し、我が子は死んだ。  それでも、何度も、何度も、何度も、何度も繰り返した。  私が愛せば愛す程、守ろうとすれば守ろうとする程、その命は直ぐに奪われていく。  我が子を側に置いて愛する程に我が子の死は早まっていった。  ならばと、苦渋の決断で我が子を突き放し遠ざけた。 『第一王子を離宮へ、私の目に触れさせるな』  すると、我が子が死ぬまでの時間を長らえさせる事ができた。  私は何よりも愛する者を、決して愛してはならないのだ。  これは呪いだ――罪を犯した私への罰。  触れてはならぬ禁忌に触れ、求めてはならぬ永遠を求めた、許されざる私への罰だ。  だが、私が罰を受け続ける事で、我が子が生きられるのなら、それで十分だった。  それなのに、そんな僅かな望みすらも、許されはしない。  突き放す事で屈折し、歪んでしまった我が子は、私を殺したのだ。  その後、私の後を追うようにして、我が子も死の運命を辿っていった。  禁忌を繰り返した罰なのか、肉体が死しても私の意識は世界を浮遊し、我が子の凄惨な死にざまを見守る事になった。  そして再び、我が子の命が尽きると同時に、我が子が生まれた誕生祭へと時間は巻き戻される。 『ああっ、フランボワーズ……っ……』  何をしても、何度繰り返しても、私には我が子を助ける事ができない。  我が子の命を長らえさせても、破滅する未来からは救う事ができないのだ。  それでも、私は諦める事すらもできず、永久とも思える時間を繰り返し続けた。  何度も、何度も、何度も、繰り返し我が子を苦しめる結末となって……。  狂っていき死んでしまう愛する我が子を見続け、私は浮遊する意識となって助けを求め、彷徨い続けた。 『……誰か……誰か……助けてくれ……助けてくれ……私はどうなってもいい、どうなったって構わない……どんな罰でも受け入れる……永劫の時空に閉じ込められようとも構わない……私は自業自得なのだ……だけど、あの子は違う……』  ――やがて、永久にも及ぶ時空魔法(その想い)は―― 『……あの子には罪はない……生まれてきてくれた、あの子に罪などないんだ……』  ――次元を超えて―― 『……どうか……どうか……あの子だけは……あの子だけは、助けてくれ……』  ――世界をも超えて―― 『……あの子を……あの子を……誰か、助けてくれ…………誰か……誰か……』  ――探し求めていたものを、私はやっと見つけ出した――  それは、この世界を超えた先――異世界にあった。  唯一、この世界の全てを愛してくれる存在。  唯一、我が子をも愛し導いてくれる魂。  消えかけていたその魂を手繰り寄せ、私は我が子の魂と繋ぎ合わせた。  繰り返される地獄の中で、我が子の魂は壊れかけ、消滅してしまう寸前だったのだ。  異世界からの魂との融合は上手く馴染まず、高熱を出して寝込んだ我が子に、私は時空の記憶を見せ、強い願いを込めて祈った。  どうか憐れな我が子を受け入れてくれ、どうか我が子を愛してくれ、どうか我が子を導いてやってくれと。  その魂と我が子の魂は見事に混ざり合い一つになった。  そして、眩い輝きを放つ新たな魂へと生まれ変わったのだ。  新たな魂は運命を切り拓き、世界を塗り変えていく、強い力を宿していた。  この狂おしい時空牢獄の呪縛から、我が子を解き放ってくれたのだ。  数多の苦難を乗り越え、愛する我が子がこうして生きていてくれている。 「……フランボワーズ……」  掠れる声で名を呼び手を伸ばせば、我が子は躊躇いがちにも私の手をとってくれた。  成人まで成長した我が子の姿は、私が心から愛した彼女に面影がよく似ている。  これまでは決して見る事のできなかった、健在な姿が目の前にあるのだ。  とうに欠落してしまったと思っていた感情が甦り、涙が溢れ出す。 「……フランボワーズ……父の話を、聞いてくれ……」  私は我が子にこれまでの経緯を、苦しませ続けてしまった真実を告白する。  愛する我が子から憎まれ、断罪される事も覚悟の上だ。それだけの事を、私はしてしまったのだから。  ただ、我が子に未来がある。その事実が私は嬉しくて、嬉しくて仕方ないのだ。  ◆  僕に全てを話し終えた国王陛下は、その美しい顔を酷く歪ませて泣いていた。  氷雪の目が溶けて無くなってしまうのではないかと思う程、透明な雫を零し続けて。 「……ああ、良かった……本当に良かった……これで助かる……フランボワーズは救われる……よく、よくやってくれた……よく頑張ったな、フランボワーズ……ああ、ありがとう……ありが、とう……」  そこにあったのは、顔を酷く歪めて本当に嬉しそうに泣き笑う、父の姿だった。 「……お父、様……」  父の話を聞いて、僕の中にも残る断片的な時空の記憶が呼び覚まされていく。  僕を溺愛していた父の姿、僕を救おうと必死だった父の姿、僕を失い嘆き悲しむ酷く歪んが泣顔、僕はそれをよく知っている。  何度も、何度も、何度も、繰り返し僕も見続けてきたのだから。  永久にも及ぶ呪いよりも、遥かに凌ぐ深い愛情で、父は僕を愛してくれていたのだ。  そんな父の想いに涙が込み上げてきて、僕は飛び込むようにして父に抱き付き、ひしと抱きしめた。 「お父様っ! お父様ぁ!!」 「……っ……フランボワーズ……」  抱き付き泣きじゃくる僕を、父は震える手で優しく抱きしめてくれる。  僕の涙は父に染み込んで、身体を蝕み命を脅かしていた病魔を――呪いをも払い、癒やしていく。  凍て付いていた氷が溶け出し、息を吹き返すように時が動き出す。  父と子の愛によって、永久にも及ぶ【時空牢獄の呪縛(絶対零度の魔法)】が解かれた(溶かされた)のだ。  僕達はいつまでもお互いを強く抱きしめ、溶けて無くなってしまうのではないかと周囲を心配させるほど、滂沱の涙を流していたのだった。  ◆
/126ページ

最初のコメントを投稿しよう!