122.ハッピー・スイート・ライフ

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122.ハッピー・スイート・ライフ

 部屋中を埋め尽くす程の本当にたくさんの贈り物が所狭しと置かれていたのだ。  キラキラと煌めくクリスタルのような氷像の数々――それは、どれも見覚えがあった。  僕は部屋の中へと入っていき、ゆっくりと辺りを見回し、目に付いた氷像の前で足を止めて見てみる。 「これは……五歳の時に貰った木馬……こっちは……七歳の時に貰った遊戯盤……」  どの氷像も見れば、断片的にだけど父との思い出の記憶が思い起こされた。  父は繰り返される時間の中で、僕との思い出を忘れぬよう、ずっと氷像として形に残して振り返り、大切に覚えていてくれたのだ。 「お父様……今まで忘れていたけど、僕も思い出したよ。お父様との思い出、こんなにたくさんあったんだね……今世では一緒に過ごせた時間は少ないけど、お父様と過ごした幸せな記憶は、僕の中にいっぱいあったよ……」  僕が隣国に嫁いでしまえば、父と過ごせる時間はなくなってしまう。  だから、せめて思い出だけでも持って行って欲しいと、そう思ってくれたのだろうか。  切ない想いに胸が詰まって涙ぐめば、父は優しく微笑んで僕の頭を撫でてくれる。 「ああ、そうだな。思い出は忘れなければ、一生の宝物だ。どこにいてもなにがあっても私が大切に想っていることは変わらない」  それから、父は部屋の奥にある物を指差して言う。 「ただ、今回は渡しそびれていた物もあるから、どうしたものかと思ってな。不要なら置いて行っても構わないのだが、どうする?」  指差された先にあったのは、剣や甲冑、近衛騎士の制服に似た戦闘服や外套だった。 「これは……もしかして、前に僕が騎士団で稽古付けてもらってたから? それで用意してくれてたの?」 「近衛騎士に混ざって一生懸命頑張っていたからな。直接渡す機会が来るとは思わなかったが、何かきっかけがあれば渡せるかもしれないと期待はしていた。大きさが合わないかもしれないが、手直しすれば使えるはずだ」  繰り返しの思い出だけじゃなかった。  前の幼い僕だけじゃなく、父は今世の僕の事もちゃんと見ていてくれたのだ。  僕に無関心なふりをしつつも、僕の成長を誰よりも喜んで、見守っていてくれていた。 「お父様……ありがとう……僕、嬉しい……すごく、嬉しい……っ……」  堪えていた涙が決壊して溢れ、ボロボロと零れ落ちてしまう。  涙が止まらくなってしまった僕を心配して、彼が肩を支えてさすってくれる。  父は泣かせるつもりはなかったのだと少し困った顔をして笑い、僕を宥めつつ問う。 「ここにあるのは昨年までのプレゼントだ。成人した祝いに改めて望む物を贈ろう。フランボワーズは何が欲しい? 私に出来ることなら何でもいいぞ」  僕はなんとか気持ちを落ち着かせて考える。  部屋の中を見回して父との思い出を振り返り、どうしても足りていない欠けたピースを、思い出の氷像を僕はお願いした。  ◆  月明りに照らされる夜の庭園。  四季折々の花が咲き誇る『魔法の庭園』に僕達は足を運んだ。  僕がお願いしたのは、庭園の中央にある噴水の上に立っていた筈の氷像だった。  とても懐かしいような、忘れてはいけないものだったような、でも上手く思い出せなくて、そんなモヤモヤとした気持ちがずっと僕の中にあったのだ。 「ここには確かに僕の大切なものがあった。それだけは間違いないって確信があるのに、上手く思い出せないんだ」  そう僕が伝えると、父は一呼吸おいて魔法を詠唱し、約束通り氷像を作ってくれる。 『氷と風の精霊よ、我が魔力を以て彼の者の姿を形作れ。【氷像創造(アイス・クリエイト)】』  月明りに照らされてキラキラと光り輝く氷の結晶が、美しい氷像を形作っていく。  そこに出現したのは、まるで生きているかのような緻密で繊細な女性の像だった。  一目見た瞬間、忘れていた大切な記憶が呼び覚まされていく。 「……お母様だ……」  どことなく、今の僕に似ている気がするのは、気のせいではないと思う。  繰り返される最初の頃の記憶には、必ずこの母の氷像があったのだ。  幼い僕に父は愛する母の話をよく話して聞かせてくれた。  母の話を聞くのが大好きで、母の話をする父も大好きで、子守唄代わりにせがんだりもしたのだ。  しかし、父が僕を遠ざけるようになってから、母の存在も消されるようにして、氷像も無くなってしまっていたのだけど。 「そうだった……お母様の話、思い出したよ……」  破天荒で天真爛漫な母に僕は憧れていたのだ。 『わたしは魔法ってもっと自由でも良いと思うのよ』  母のような自由な人に、そんな魔法使いになりたいと僕は思っていたのだ。 (そうだった……僕はすっかり忘れてしまっていたんだ。魔法はもっと自由でいい。僕の知ってる魔法は、もっとずっとすごいものなんだから。奇跡すらも起こす……それこそが魔法だ)  母は父に言ったのだ。 『身体が消えても、私の愛は消えないわ』  それは間違いない真実。  あの頃、姿は見えずとも僕は確かに母の存在を感じていた。  そして、今はそれをより強く感じるのだ。  母は僕をずっと見守り導いてくれていた――謎の強制力の正体――僕の特殊能力が為せる業はきっと母の魔法。  僕は願い星のペンダントを握りしめ、想いを込めて魔法を唱える。 『全ての精霊――この世界の理よ、我が魔力を以て愛する者の時を動かし顕現(けんげん)させよ。【凍結解除(アン・フリーズ)】』  僕は一心に願い、ありったけの魔力を込める。   (僕は解けないはずの絶対の魔法だって打ち消し、止まった時を動かせた。なら、止まった時の中で消失してしまったお母様を、再び動きだした時の中へ呼び戻す事だってできるよね……誕生日って特別な日なんだよ。奇跡が起きたって不思議じゃない……お父様へ僕からのプレゼントを贈らせて……)  すると、氷像が虹色の光彩を放って眩く輝きだす。  ピシッ ピシッ ピシシッ ピシリ パリーーーーーーーーン!    氷像がひび割れていき砕け散って、中から氷像と同じ姿をした生身の母が現れる。  母は閉じていた目をゆっくりと開けると、真っ直ぐに僕を見つめ、手を伸ばして言う。 「あぁ~ん、可愛いわたしの子豚ちゃ~ん! 愛してるわ~!! 大大大大好きよ~!!!」 「ぶひっ!?」  突進してきた母に僕は思いっきり抱きすくめられてしまった。  顔中に口付けの雨が降ったと思えば、大きなおっぱいに顔が埋まって息ができない。 (苦しい誰か助けて……というか、お母様全裸なんですけど何か着てください! 早く誰か助けてー!!) 「んもっ! んんう!!」 「ラ、ラズベリー……まさか、君なのか……」  父の声が聞こえて、母は僕を彼にポイっと投げて今度は父に抱き付いている。 「ジェラート~! 愛してるわ~!!」 「ああ、ラズベリー……ラズベリー……」  顔をくしゃくしゃにする父は泣き笑いしながら、母との再会を喜んでいた。  そんな二人の姿を見て、僕は父に最高のプレゼントが贈れたんじゃないかな、両親に少しは親孝行ができたんじゃないかなと思うのだ。  投げられた僕を受け止めて、目を丸くしていた彼が僕を覗き込んで呟く。 「お前の魔法は本当にめちゃくちゃだな」 「やってみたらできちゃった。やっぱり、ハッピーエンドがいいからね」 「ふふっ、確かにそうだな。お前らしい魔法だ」  彼は楽しげに笑って僕のおでこに口付けした。  それから、二人の世界に浸っている両親を残し、僕達はその場を後にしたのだった。  ◆  戻らないと思われてたい母が戻ってきた事で、ちょっとした騒動になった。  だけど、マイ・ペースというかゴーイング・マイ・ウェイな母のおかげ(?)で、何とか丸く収まりそうだ。  宰相の血縁であった王妃は王の愛する妾妃が帰ってきた事で、責任を取って王妃の座を妾妃に譲り出家しようとしていたのだけど、母は王妃など荷が重すぎて嫌だと跳ねのけたのだった。 「わたくしはどう責任を取れば……従兄(おにい)様――宰相がしてきたことは許されない大罪です! それも、全てはわたくしの為にしたことでした……わたくしは共に罰せられねばなりません!!」 「もーお、馬鹿真面目なんだからー。あいつが勝手に貴女への愛情を拗らせて暴走したのが悪いんだから、貴女は何も悪くないじゃない。どうしても罰を受けたいって言うなら、私の代わりに王妃の座に就き続けて、今まで通りに責務をこなしてくれればそれでいいわ」 「お姉様、それでは罰には……」 「貴女の罰はそれでいいわ。可愛い跡取り息子(第二王子)だっているんだし、母親は必要よ。もちろん、あいつにはわたしの可愛い子豚ちゃんを苛めた分キッチリおっもーい罰を受けてもらいますけどね……ねぇ? フランボワーズ」 「そうだね、お母様。彼には極めておっもーい罰を用意してるから安心して……ふふふ」  身の毛もよだつ暗黒微笑を浮かべる僕と母の表情を見て、その場にいた者達はどんな悍ましい罰なのだろうかと青褪め、息を呑んだのだった。  ◆  ――という事で、所変わって広大な農地にやって来た僕は、罪人達の働きぶりを視察しに来ていた。  農作業を強要され農夫にこき使われていた宰相が、僕の姿を見つけて喚き散らす。 「くっ、こんな屈辱耐えられん! いっそ殺せ! 殺せー!!」 「ぶっ!」  ()()()の台詞に思わず吹いちゃった。  血筋や魔力量に固着した選民思想を強く持つ罪人達が、魔力なしの貧民に屈してこき使われているのだから、相当に屈辱的なのだろう。  軟弱な魔法使いには肉体労働は更に堪えるのだ。  罪人に優しく指導してくれている皆に対しても失礼なので、ちょっとムカついた僕はニヤニヤ含み笑いを浮かべて、宰相を揶揄う。 「えぇ~、いいの~? そんなことしたら王妃様、責任感じて泣いちゃうよ~?」 「ぐっ、うぐぐぐぐ」 「王妃様の口にも入る野菜なんだから、丹精込めて畑仕事してよね」 「ぐぬぬぬぬ、くっそおおおお!!!」 「ひー、あはははははは!!」  がむしゃらに草むしりをしだした宰相の姿が面白くて、お腹を抱えて笑っちゃった。  悪役っぽい台詞を気兼ねなく言えるの、ちょっと楽しいかもしれない。何かに目覚めてしまいそうだ。  いかんいかんと一息吐いて、貧民街の皆に罪人達の教育的指導をお願いする。 「じゃあ、後は皆に任せするね」 「おう、任せておけ! こいつらの根性を叩き直して、立派な農夫に育ててやるさ!」  眩しい笑顔で承知してくれた。皆に任せておけばきっと大丈夫だ。  数年後には罪人達も更生して、彼らと同じくムキムキの畑仕事大好き農夫になっている事だろう。  ◆  罪人達を更生させようと貧民街に送り込んだ帰りの馬車の中、僕の話を聞いて彼は信じられないと言いたげなジトリ目を向けて呟く。 「王子洗脳に国王暗殺や国家転覆を謀った大罪人が農夫……随分と甘い、甘すぎるなお前は……」 「いやぁー、だって痛々しいのも怖いのも見るの嫌だし、なんか色々思い出しちゃうから極刑とか断罪とか無理。結局、全部未遂に終わった訳だし、いいじゃん、僕がいいって言ってるんだから……ね、ダークはそんな甘い僕が好きって言ってたよ? やっぱり甘々な僕じゃダメ?」  僕が流し目で悪戯っぽく笑って彼を窺うと、彼は僕を膝の上に乗せて抱きすくめる。 「ああ、まったくお前には敵わない……その甘さが俺は愛おしい」 「ふふふ…………ん」  彼に熱く見つめられて、口付けされる距離に近付いて目を閉じると―― 「おっほん!」 「ぶひ!?」  ――大きな咳払いに吃驚して、身体が跳ねてしまった。 「ああー、見送りに皆様も立ち会っていますし、お待たせするのは悪いかと……」 「そろそろ挨拶を済ませて出立しませんと、日暮れまでに本国に到着しませんよ」 「「あっ」」  御供達に急かされて、出立前の忙しい時間だった事を思い出す。  馬車から降りた彼が手を差し伸べて、僕をエスコートしてくれる。 「行こうか、フラン」 「うん、ダーク」  僕は彼の手を取りこれからこの国を旅立つ。  この国に残れば、続編の悪役になる未来は回避できるかもしれない。  でも、悪役の運命から逃れられないとしても、僕は彼と共に生きていく事を選ぶ。  誰よりも僕を求め愛してくれる彼と、何よりも愛する掛け替えのない彼と共に生きる。  それこそが、僕にとってのハッピー・スイート・ライフだから。 (この先どんな困難が待ち受けていようと、必ずハッピーエンドにしてみせる! 僕は運命を切り拓き、世界を塗り替えていく、魔法の力を持っているんだからね!!)  皆の願いが込められた魔法(幸運)のペンダントが、僕の胸でいつまでも光り輝いていたのだった。  ◆◆◆  ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!  本編はこれにて完結となりますが、イチャラブエッチイベントを番外編で書く予定ですので、ブクマして頂けると嬉しいです。
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