12.偽物の王子様と本物の王子様

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12.偽物の王子様と本物の王子様

 そう言った人物の、凍り付きそうな鋭く冷淡な視線が僕に突き刺さり、僕は身震いする。  現れたのは慇懃無礼(いんぎんぶれい)な態度で挨拶をしてくる宰相の姿だった。  先程まで魔法に夢を膨らませていた気持ちは消え失せ、ドン底に叩き落されて踏み付けられている気持ちになってしまう。 (あぁ、見つかってしまった……できれば会いたくなかったのに……)  宰相の後に遅れてやって来たバニラ王子が僕に気付き声をかける。 「……あ……第一王子もいらしたんですね……」  バニラ王子に僕は『兄上』と呼ばれる事は無く『第一王子』と呼ばれる。  何故なら、僕とバニラ王子は腹違いの異母兄弟でほぼ交流は無く、他人のようなものだからだ。 「はぁ……本当に、国王陛下は寛大すぎますな。……こんな者を、卑しい身分であるにも関わらず、誕生祭に参加させるなんて……まったく……」  バニラ王子は由緒正しい王族・王妃の子で、僕は身分の無い妾妃の子だった。  僕は『第一王子(・・・・)』とは名ばかりの、魔力も無ければ後ろ盾も何も無い、只の穀潰しの役立たずなのだ。  それに比べて、バニラ王子は由緒正しい血筋の王族の中の王族、本物の王子様だ。  由緒正しい王妃の血筋である宰相からは、出自が卑しいとして僕は酷く蔑まれている。 「……ああ、汚らわしい。……醜く肥え太ったその容姿……見るからに穢れた血そのものではないですか。……よくもまぁ、そのような姿で王宮に平気で出入りできるものです。……己の分を弁え、出席を控えようとは思わないのでしょうか。……ああ、恥知らずな血の由縁ですかね。……卑しい……本当に、汚らわしい……」 「……さ、宰相殿、何もそこまで言わなくても! ……お、落ち着いてください!!」  宰相は汚物でも見るように目を(すが)めて僕を見下し、青筋を立てる剣幕で(なじ)り続ける。  幼いバニラ王子はそんな宰相を慌てて宥めようとする。  周囲からの冷え冷えとした視線に晒される中、僕は何も言い返す事ができなくて、惨めで情けない気持ちになってしまう。  自分よりも幼い王子に気遣われているのだから、尚更、いたたまれない気持ちになる。  そして、バニラ王子の心優しい言動に感嘆の溜息を吐く宰相は、またバニラ王子を褒め称える。 「はぁ……流石は、バニラ殿下は陛下の正当な御子。……陛下の血を正しく受け継ぎ、陛下の御心と同じく大変慈悲深くあらせられる。……素晴らしい限りですな、うむうむ」 「……あ、えっと、そろそろ行きませんか? 開会も近いですし、ね? 宰相殿!」  このままだと、また僕が詰られるだろうと思ったのか、バニラ王子は宰相の背を押して移動を促す。  バニラ王子に気を使わせてしまったなと思いながら、僕は黙って二人を見守った。  ふと、僕はバニラ王子を見つめていて思い出した。 (そう言えば、白豚王子はバニラ王子が『大嫌い(・・・)』だったな)  ゲームの白豚王子はいつもバニラ王子に敵意を向けていて、あの手この手でバニラ王子の邪魔をしていた。  どんな汚い手を使ってでもバニラ王子を陥れようとして、やがて取り返しのつかない大罪を犯し、断罪され、処刑されてしまうのだ  前世の僕はパーティーメンバーに入れておくほど、お気に入りのキャラクターだっただけに、今の僕は彼を『嫌い(・・)』と思う感情は無いように感じる。  彼は素直で良い子だし、全体攻撃強いし――と僕が考え込んでいると、バニラ王子は僕の方を向いて挨拶の言葉を掛けてくれる。 「では失礼、第一王子」 「……あ、はい。……」  微笑んでくれたバニラ王子に、僕もニッコリと微笑み返した。  すると、宰相とバニラ王子は僕の顔を見て一瞬ビクッとして、バニラ王子は曖昧な感じで愛想笑いをする。 「……っ……」 「……あ……あはは……」 (あっ! またやってしまった!!)  僕は暗黒微笑をしてしまったと内心焦ったのだが、もう後の祭りなのでそのまま微笑んでおく。ニチャァー……。 「くっ……心優しい殿下に不遜な態度とは、このような下劣な者に構うだけ時間の無駄ですな! …………はっ……さあ、早々に行きましょう、バニラ殿下!」 「あ、うん。では……」  宰相はそんな僕を鼻で嗤い、バニラ王子と二人で立ち去って行った。  バニラ王子達が立ち去ると同時に、周囲の人集りもあっという間に消えて無くなっていった。  残されたのは僕とメイド長だけになり、先程までバニラ王子へ羨望の眼差しを向けていた目が、本当にうんざりとして嫌そうな目に変わり僕を見下ろした。 「はぁ………………」  そして、大きな溜息を吐いていた。 (こんな出来損ないの偽物の王子様より、本物の王子様のお世話がしたいよね。分かるよ、僕もそう思うから。なんか、ごめんね。……お尻、大丈夫だったかな? でも僕が言うと、セクハラみたいで気持ち悪いだろうから、黙っておくね) 「………………」  その後、何も言わず歩き出すメイド長に僕は黙って付いて行くのだった。  ◆
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