01.美味しいスイーツ

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01.美味しいスイーツ

 ずっと、ずっと、食べたくて堪らなかった。美味しそうなスイーツ。  気が狂いそうなほどに身体が求めていた。甘く(かぐわ)しいそのスイーツに、僕はようやく唇を付ける。 「……ん……」  芳醇(ほうじゅん)な香りと濃厚な口どけが堪らない。甘くとろけるチョコレートの味。  味覚は歓喜を訴えて、身も心も蕩けてしまいそうな快感にしびれ、身体が打ち震える。 「……んっ……んん……」  美味しい、美味しい、極上のスイーツ。  今までこんなに美味しいものを口にしたことがあっただろうかと思うほど、甘美な味わいの(とりこ)となり、僕は必死にチョコレートを味わう。 「……ん、はぁ……ふぁ……」  舌を這わせて舐め、品のない水音を立ててしまうけどかまわない。  この極上の味わいに、今は只々酔いしれていたいから。  溶けたチョコレートがあふれて滴ってしまうのが勿体なくて、舌を伸ばしてすする。 「……ちゅっ……はぁ、ん……ふぅ……んっ……」  どこからか荒い息遣いが聞こえる気がする。  そう思えば、僕まで息が上がってしまっていることに気付く。  それでも、口を離したくなくて、もっとずっと味わっていたくて、苦しくなる息にもかまわず、舌を滑らせて味わう。 「……ちゅう……ん、はぁ……ちゅっ、ん……ふぅ……」  鼻から抜ける息と一緒に、甘ったるい声音(こわね)が漏れてしまう。  けれど、僕はかまわずに味わい続ける。  夢中で舐めていれば、とうとう食べ尽くしてしまったのか、チョコレートの味がしなくなってしまった。  もっとずっと味わっていたかったのにと残念に思いながら、乱れてしまった呼吸を整える。 「……はぁ、んっ……はぁ……はぁ……ん………………はぁ」  極上の味わいが名残り惜しくて、余韻に浸る僕の口からは感嘆(かんたん)溜息(ためいき)が零れた。  熱っぽく息を吐いてうっとりとしていると、何者かに僕の顎は(すく)われ、そのまま頬を(つか)まれる。 「はぅ…………ぶ、ひっ!?」 「やっと捕まえた」  僕が我に返ると、ギラリと光る鋭い眼光が僕を見据(みす)えていた。  獲物を狙う獣の如き眼差しで射竦(いすく)められてしまえば、被食動物の心境になり反射的に竦み上がってしまう。  びくびくと怯えながら、僕はその人物の通称名を口にする。 「……黒狼王子(こくろうおうじ)?」 「探したぞ。白豚王子(しろぶたおうじ)」  彼は獣人の国である隣国の王子で、絶望的だった戦況を打開し、隣国を勝利に導いた英雄だ。  狼の獣人であり、その美しい漆黒(しっこく)の毛色から、通称・黒狼王子と呼ばれている。  僕はと言えば、魔法使いの国の王子――とは名ばかりの出来損ないで、嫌われ者の悪役だ。  豚の獣人ではなく、醜く肥え太った豚みたいな容姿から、通称・白豚王子と呼ばれている。  彼の国と僕の国は同盟国なので敵対してはいないのだけど、僕が色々とやらかしてしまったせいで、彼からもひどく嫌われてしまい、目を付けられている。  ある出来事をきっかけに執着され、追い回されるようになってしまったのだ。  また、何かやらかしてしまったのだろうかと、僕は恐る恐る彼の様子を(うかが)う。  肉食獣を思わせる切れ長な金色の目、(つや)やかな黒髪と同系色の狼の耳と尻尾、異国情緒溢れる褐色の肌、野性的でいて知的でもある端正な顔立ち、屈強(くっきょう)で強靭(きょうじん)体躯(たいく)の美丈夫、それが黒狼王子だ。  そんな彼がどこか気怠(けだ)るげに見えることに気付いて、僕の心臓はドキッと跳ねた。 「!!?」  彼の胸元は衣服が乱されてはだけ、惜し気もなくその鍛え上げられた胸板が(さら)されている。  滑らかな褐色の肌はしっとりと上気していて、口元から胸元の辺りが何故か濡れているような(なま)めかしい色艶(いろつや)を放っている。  彼の濃艶(のうえん)な色香に当てられて、僕はくらりと眩暈(めまい)を起こし、プルプルと震え慄いてしまう。  彼の呼吸に合わせて上下する胸の動きが見て分かるほどの、至極、至近距離に僕はいたのだ。  微細な動きすら分かってしまうほどの――(いや)、むしろ触感で感じ取れてしまっていることに気付いて、僕は自分の手元に視線を向ける。  彼の開けた胸や腹に這わせるように添えられた自分の手を見て、僕は硬直した。  停止しかける思考を叱咤(しった)して、僕は彼と自分の体勢を確認する。  床に仰向けで倒れる彼の脚の上に僕は跨り乗り上げていて、上体を起こした彼に僕の頬が掴まれている状態だったのだ。  僕はまたしてもやらかしてしまったのだと確信し、スンと遠い目をしてしまう。  ああマズいぞ、これはヤバい、と脳内で小さな白豚達――もとい、本能が身の危険を訴えて騒いでいる。 「えぇーと、これはー、そのー………………ごめんなさいっ!!」  内心慌てふためきながら、僕は脱兎(だっと)のごとく逃走を図った―― 「逃がさん」 「ぶひっ!?」  ――が、瞬時にガシッと掴まれてしまい、まったく身動きが取れない。  白豚は脱兎にはなれず、容易く黒狼に捕獲されてしまった。 「うわああああ! ごめんなさい! 放して! 見逃してぇ!!」 「やっと捕まえたのに、逃がすわけがないだろう」  僕がジタバタと足掻いて抵抗してみても、彼の屈強な身体はびくともしない。  彼に軽々と持ち上げられて、荷物みたいに肩に担がれ、僕はどこかに連れて行かれる。 「うえええええ! お願い! 許して! 見逃してぇ!!」 「逃げられたはずなのに、逃げなかったのはお前だ。諦めろ」  どこかの部屋に入って行くと、目的地に到着したのか、僕は肩から振り下ろされる。 「わぁっ…………ん?」  落下の衝撃に身構えていると、予想外に柔らかい弾力が背中を包み、僕はベッドに下ろされたのだと分かった。  予想した衝撃が無かったことに安堵する――のも束の間、ベッドへ乗り上げた彼に僕は囲い込まれ、先程とは逆に僕が押し倒される体勢になる。  彼の猛獣を思わせる金色の目に、ギラギラとした鋭い眼光で見下ろされて、僕は捕らわれた獲物の心境で竦み上る。 「ひぇ! …………お、お願い! 助けて! 見逃してぇ~!!」 「もう逃がさない」  白豚が命乞いをしても、黒狼には聞き入れてもらえないようだ。  腹をすかせた狼の彼は、僕を見下ろして舌舐めずりをする。  薄く開いた彼の口から、赤い肉厚な舌が覗き、乾いた唇を撫でて濡れた色艶へと変えていく。  そんな野性的で艶めかしい仕草をまざまざと見せつけられて、僕の喉はひゅっと鳴り生唾を飲み込んでしまう。 「……ひぅ…………ごくり……」  肉食獣の獣人である彼に本当に食い殺されてしまうのだと戦慄(せんりつ)し、僕は青褪(あおざ)めた。 「ぼ、僕なんか食べても美味しくないよ!?」 「ふふ、美味いかどうか確かめてみよう」  口角を上げて笑う彼の口から、白い牙が覗き、濡れた赤い口が近付いてくる。 「……食らいつくしてやる……」  吐息交じりに(ささや)く、少し擦れた彼の声音に、背筋がぞくぞくと震えてしまう。  絶体絶命の危機に追い込まれ、どうしてこうなってしまったのだろうかと、僕は現実逃避して過去を回想した。――――……  ◆
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