05.ここはどこ? わたしはだれ?

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05.ここはどこ? わたしはだれ?

 ……――――僕はハッとして意識を取り戻した。 (あれ? ……僕、車に轢かれて……それから、どうなったんだ?)  辺りを見回してみると、見覚えの有るような無いような場所にいた。  車に轢かれて僕が倒れた場所ではなくて、病院でも、自宅でもないのだ。  緑豊かな庭園にある西洋風の東屋(あずまや)みたいな場所で、華やかなガーデンテーブルに整えられた、可愛らしいティーセットの前に僕は座っていたのだ。  突然の環境の変化と、御伽話(おとぎばなし)を思わせるその光景に、僕の思考は追いつかない。 「えぇっと? ここはどこ? わたしはだぁれ?」  混乱するあまり、お決まりの台詞を呟いてみるが、答えなど出てきはしない。  首をかしげて考えていると、ふと白くて美味しそうなクリームパンみたいなものが、僕の目に留まる。 「……ん? 何これ? クリームパン?」  テーブルの手前に添えて置かれる、白くて丸い二つのクリームパン。  よく見ると、そのクリームパンは僕の身体にくっついている。  手みたないクリームパンだ――否、クリームパンみたいな手だ。  僕はまじまじと見つめ、にぎにぎと開閉させてみる。  そのムチムチパンパンなクリームパンみたいな手が、ちぎりパンみたいな腕が、自分の身体の一部なのだと体感的に実感してしまい、僕は仰天(ぎょうてん)する。 「ぶひっ!?」  驚きのあまり、素っ頓狂(すっとんきょう)な声が出てしまった。  僕は自分が認識していた大学生の身体とはまったく違うその身体に、大きな衝撃を受けプルプルと震え慄いてしまう。 「……これ…………僕だ……」  どうやら、僕はあの事故で死んでしまい、新たに生まれ変わっているようなのだ。  急激に前世の記憶を思い出した事で、今世の記憶が押し込められてしまい、性格や感性は前世の方が強く出てしまっている。  今世の記憶も朧気(おぼろげ)にではあるが、有ったり無かったりするので、思い出そうとすればできそうな感覚はある。  ようやく理解が追いつき、僕は記憶と状況を整理しようと、近状の記憶を辿(たど)ってみる。  何か衝撃的なワードを聞いて、前世の記憶を思い出したのだったなと、思考を巡らせる。 「何ってワードだっけ? えぇっと、確か――」 「おほん!」  突然、咳ばらいをする大きな声に驚いて、僕はビクッと身体を跳ねさせる。  声のした方へと振り向くと、いつの間にか側に来ていたメイド長が僕を見下ろしていた。  嫌悪感を隠しもしない、メイド長の(さげす)んだ鋭い視線が僕に突き刺さる。  メイド長はうんざりした表情で溜息を吐き、僕に話しかけてきた。 「はぁ……ご衣装が大変汚れてございます」 「……あ……」  メイド長の視線の先を追って見ると、確かに僕の着ている衣装は、胸部から腹部にかけて、食べこぼしや手型などでベタベタに汚れてしまっていた。 「まったく……汚ならしい。そのようなお姿で城内をうろつかれては困ります。早々にお着替えください」 「……え、ぇっと……」  メイド長にそう言われるが、記憶が曖昧な状態ではどうしたらいいのか分からず、直ぐには思い出せそうにない。  僕がぐずぐずとしていると、苛立ったメイド長に叫ばれて、急かされてしまう。 「お早く! いらしてください!!」 「は、はいっ!」  メイド長に急かされ、僕は促されるままに付いて行くのだが、――  ぽよん、ぽよん、ぽよよん、ぽよん、ぽよよよん、ぽよん、ぽよよん。  ――この身体、重い。そして、動きにくい。  歩く度、左右に身体全体が大きく揺れてしまう。  動作の反動が大きすぎて、上手くバランスが取れない。  そうなると、あまり大きな動作はできず、可動域が狭くなって、早く歩くことも難しくなる。 「お早く!!」 「は、はひー! ……ふひ、ふひっ、ふひ、ふひっ」  僕は鼻息を荒げながら、置いて行かれないようにと懸命(けんめい)に食らい付き、メイド長の後に続いて行く。  ◆
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