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十一話 準備
都様に処女を捧げた翌日。私は痛みと異物感の消えない股と戦いながらその日の仕事をこなしていた。
「うぅ・・・。痛い・・・。まだなにか入っているような気がする・・・」
「先輩? 今朝から具合悪いみたいですけど、美代様にお願いして午後から休みます?」
「ううん、恵美ちゃん、ありがとうね。ちょっと月の障りがきつくて・・・」
「あ! 成程ぉ・・・。どうにもならなくってつらいですよねぇ。私、薬持ってるんで飲んでください」
「ありがとう」
恵美ちゃんから貰った薬を飲む。痛み止めなのだから、効かないということはないだろう。
「絵葉君、ちょっと話があるから来てくれるかい?」
「は、はい!」
穏やかな表情を浮かべる美代様に呼ばれ、私は事務室に入る。
「さて・・・」
美代様は眼鏡を外した。
「来月、新しいメイドを雇う」
「はい」
「だから恵美は殺す」
「え!?」
美代様は穏やかな表情のまま鼻で笑った。
「肉のアク抜きには二ヵ月くらいかかるのさ。その間、君にも手伝ってもらうよ。まさか今更逃げ出そうだなんて思わないよね?」
私の肩を抱き、耳元に唇を寄せる。
「都のためなら、なんでもするよね?」
「・・・はい」
「返事が遅い」
美代様は、初めて、私の頬を叩いた。痛みよりも吃驚して、私は叩かれた頬をおさえて目をぱちくりさせる。
「す、すみません!」
「都の寵愛が欲しいなら、都のことだけ考えてろ」
「はい!」
「よし、仕事に戻れ」
「はい!」
美代様は眼鏡をかけなおし、私には興味が無いというようにパソコンに向き直る。私は慌てて事務室を出た。美代様、怖い。
「あ、ジャスミン・・・」
ジャスミンがヨーグルトの容器をぺろぺろしている。
「そういえば、貴方はなんなの・・・?」
伏せているジャスミンの目の前にしゃがみ込み、問うてみる。ジャスミンは宝石のような両目をぱちぱちさせて私を見上げると、まるで笑っているかのように口を開けたあと、再びヨーグルトの容器をぺろぺろし始めた。
三人の息子達とはまた違う存在。都様の寵愛を受ける一匹。都様は一見すると金持ちの道楽者だが、事実はそうではない。かなり慌ただしく仕事をしている。それでもジャスミンの世話はなるべくご自分でしたいらしく、日中、都様の自室であり仕事部屋である最上階から降りて来てはジャスミンの世話を焼いている。
「おい」
「はいぃっ!!」
美代様に叩かれたあとなので、私は光の速度で反応してしまった。淳蔵様が吃驚した顔で立っていた。
「お前、名前なんだっけ」
「絵葉です!」
「もう一人の方、知らねえか?」
「恵美ちゃんなら、客室の掃除をしています」
「どの部屋だよめんどくさっ。探して呼んで来い」
「はい!」
私は十六部屋ある客室から恵美ちゃんを探し、淳蔵様の元に戻る。いつの間にか直治様も居て、ジャスミンはハーネスとリードをつけてもらっていた。
「おー、えっと、恵美。直治の運転の練習に行くから、後部座席でジャスミンの面倒見てろ」
「エッ!! でも、私、仕事が・・・」
「美代にならあとで俺が言っとくからよ。ジャスミン一匹で乗せてるとテンション上がって暴れて危ねーんだよ。ほら、行くぞ」
「で、でも・・・」
「恵美ちゃん、行っておいでよ」
「エェッ!!」
恵美ちゃんは喜び半分困惑半分といった表情だった。私は複雑な気持ちだ。だって、恵美ちゃんはこの人達に殺されてしまうのだから。
「わ、私でよければ・・・」
「おう。行くぞ」
「はい! それにしても、意外です! 淳蔵様も直治様も、お車の運転されるんですね!」
恵美ちゃんはすっかり行く気持ちになって、手をぱちぱちと叩き合わせていた。去っていく背中を見つめて、私はほうと深い溜息を吐く。
がしっ。
「ひぃっ!?」
怒りを微笑みで相殺させた美代様が、私の肩をがっしりと掴んでいた。
「上司の俺より働いてない淳蔵の言うこと聞くのかよお前はぁ・・・!」
「すみっ、すみません!」
「美代」
はっ、と二人してそちらに向く。
「絵葉さんを虐めないの」
「都・・・」
美代様は私の肩から手を離した。
「絵葉さん。身体の調子はどう? つらくない?」
「は、はい!」
「フフフ、強がりは良くないかな。美代、絵葉さんは午後から休ませてあげなさい」
「わかった」
「それから、貴方は私の部屋へ」
「わかった」
美代様の口角が勝ち誇ったように吊り上がるのを、私は見逃さなかった。
「おやすみなさい、絵葉さん。良い夢を」
「はい!」
私は自室に戻り、眠る。獣臭い。恵美ちゃんが私の顔を覗き込んでいた。
「そこ右。お前丁寧すぎるからちょっと突っ込むくらいで曲がれよ」
「おう」
助手席に座っているのは淳蔵様。運転しているのは直治様。
「あのぉ、どこに向かってるんですか?」
「二つ隣の町のドッグランだ。予約してある」
「わあ! よかったね、ジャスミン!」
尻尾を振っている感覚がある。
「あと帰りにドーナッツショップに寄る。都の好きなフレーバーの新作が出たからな」
「コマーシャルでやってましたね!」
「着いて来てるやつの特権だ。お前も好きなモン選べよ」
「ありがとうございます!」
恵美ちゃんは身体ごと振って喜びを表そうとするジャスミンを両手で抱きかかえ、大人しく座らせているようだった。
「・・・お前、ジャスミンの扱いうまいな」
「実家でハスキー飼ってたんで、そのせいかもしれませんね」
「ふうん」
「えへ、淳蔵様ってお優しいんですね」
「あ?」
「運転の練習に付き合って、ドッグランの予約に、ドーナッツショップまで。お優しいですよ」
「俺達の居ないところで美代が愚痴ってるだろ。『少しは働いて都に還元しろ』って。俺は俺なりに返してるだけだ。なあ、直治」
「・・・そうだな」
「フフ、直治様も、お優しいですね!」
目が覚めた私は、がっかりした。
「都様の夢だと思ったのに!」
枕をぼふんと殴ると、下腹部がずきんと痛んだ。
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