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十二話 人肉
「絵葉。明日、実行する」
「・・・はい」
「返事が遅い」
「っ、申し訳ありません!」
今日が、その、明日。
こんこん、ノックは快楽の音。
『はあい』
「恵美ちゃん。朝早くにごめんね。ちょっといい?」
ドアが開いて、朝の身支度をしていた恵美ちゃんが出てくる。
「絵葉先輩、どうしました?」
「ちょっと着いて来て。都様から内緒のお話があるの」
「はぁ・・・? わかりました」
私は広い広い地下室へと、恵美ちゃんを導いた。
「ご苦労、絵葉君」
美代様がとろけるような笑みを浮かべる。私は鍵を閉めた。地下室の中に居るのは、都様、淳蔵様、美代様、直治様、そして私と恵美ちゃん。
「え、あの、私・・・」
恵美ちゃんは混乱し、そして本能でなにかを察し、怯えていた。
「恵美ちゃん、服、脱ごっか・・・?」
「えっ!?」
私は恵美ちゃんの頬を思いっきり叩く。叩いたのは私の方なのに、はあはあと息が上がった。
「脱いでっ、お願い!」
「だ、誰かッ!! 助けてッ!!」
それから暫く、ドアの前で私達は乱闘した。恵美ちゃんの小動物のように可愛い顔が、どんどん涙で濡れてゆく。
「やめでぐだざいぃ、わだじ、なにもわるいごどじでまぜん・・・!」
「なにも? 悪いことしてない? 元いじめの首謀者がよく言うよ!」
美代様が少し歪んだ声で言う。途端に恵美ちゃんは狼狽した。
「わだじ、わるぐない! わだじ、わだじ・・・」
「仕様がないな」
美代様はごついスタンガンを取り出し、電源を入れてみせる。ジジジジと低い断続音がした。
「スタンガンってさあ、物凄く痛いんだよ」
にぃ、と笑い、美代様は恵美ちゃんにスタンガンを近付けた。
「試してみる?」
「ぬっ、脱ぎます!! 脱ぎますからぁ!!」
恵美ちゃんが服を脱ぐ。下着を脱ぐのは流石に躊躇われたようでもじもじしていたが、美代様がスタンガンをぐいと近付けると慌てて全裸になった。
「絵葉」
「は、はい!」
私は親指用の小さな枷を恵美ちゃんの指に嵌める。
「む、無理に外そうとすると、折れるよ・・・」
恵美ちゃんが無言で私を睨む。ああ、私は彼女を騙していたことをどう償えばいいのだろう。都様という報酬が欲しくて、恵美ちゃんを生贄に捧げてしまったのです。
「絵葉」
直治様が泣き崩れる恵美ちゃんを無感情に見下ろし、私とは視線を合わせないまま言った。
「慣れるまでは俺が主体でやる。慣れたら俺とお前二人でやる。そのうちお前一人でやるんだ。今日一日使ってちゃんと説明してやる。いいか?」
直治様が右手に持った書類を顔の高さまで持ち上げる。
「健康が一番だ。この点は雇う時に書類で落としているから問題ない」
「はい」
「今日から二ヵ月。食事は、最初は軟飯。柔らかく炊いた米と、薄味で味付けした野菜の煮物だ。消化しやすいものをメインに。米を段々柔らかくして、最後は汁にする。野菜の煮物も煮汁だけだ。満腹まで食べさせる必要は無い。むしろ飢えさせた方が良い。少しずつ飢えさせろ」
「はい」
「歯磨きは欠かすな。虫歯になると肉まで臭くなる。食後に二回磨け。手を噛まれないよう気を付けろ」
「はい」
「オムツはすぐに取り換えろ。食生活が変わって暫くすれば糞尿も臭わなくなってくる」
「はい」
「髪を洗う頻度はお前に任せる。褒美として洗ってやれ」
「はい」
「わからなかったらまた聞け」
「はい」
妙なところで、直治様の優しさが染みる。
「なん、なの・・・。なんなの!? 貴方達、私をどうするつもりなの!?」
「え、恵美ちゃん・・・」
「絵葉先輩!! 貴方もこの人達の仲間なの!?」
「オムツ、履こっか?」
恵美ちゃんの表情が絶望に染まる。
それから、
「都様ぁ、ご褒美を・・・」
それから、
「恵美ちゃん、恥ずかしくないよ! オムツしてるんだし!」
それから、
「歯磨きの時に噛まないでくれたら、髪の毛洗ってあげるよ」
それから、
「直治様! 本当にうんちが臭わなくなりました!」
それから、
「ごめんね・・・」
二ヵ月。
恵美ちゃんは吊り上げられていた。髪は剃られ、身体は洗浄されている。口にはガムテープ。頭の下には、大きなボウル。恵美ちゃんは涙を流す。その涙がボウルに滴り落ちる。恵美ちゃんは、顔を横に振った。私はナイフを持って震えていた。淳蔵様と美代様が私の両脇で、まるで都様に甘えるかのように抱き着いている。
「ほら、人間やめちゃえ!」
「都にご褒美貰えるぞぉ」
私は、目を閉じずに、恵美ちゃんの首にナイフを深く突き立てた。血が波のように勢いを変化させて私達を濡らす。ボウルにも滴り、直治様が恵美ちゃんのあちこちを揉んで血を絞り出す。
「よッと」
ゴギャ、と音がして、恵美ちゃんの首がとれた。直治様はそれを台に乗せる。虚ろな目をした、恵美ちゃん。それから直治様は、返り血に塗れながら恵美ちゃんを切ったり剥がしたり洗ったり関節を外したりして、小分けにしていった。
「できたー?」
都様が地下室に降りてきた。
「ん!」
「あーはは! ありがとねー!」
やりきった表情で両手を広げる直治様に、都様は上機嫌で抱き着いて頬にキスをした。淳蔵様と美代様の機嫌が悪くなる。
「都様ッ!」
私は両脇の二人を振り切り、都様の胸に飛び込む。都様は受け入れてくれた。柔らかい胸の感触、充満する血と臓物のにおい。狂っているのに狂った感覚がある。
「初めてのお仕事、頑張ったね、絵葉さん。なにかご褒美をあげなくちゃ。なにがいい?」
「では、では『絵葉』とお呼びください」
「絵葉。良い子ね。これからも頑張るのよ」
都様は初めて、私にキスをした。
私は地獄から天国に昇る気持ちだった。
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