十三話 平穏

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十三話 平穏

私は都様と一緒に恵美ちゃんのものを燃やしていた。 「炎って綺麗ね・・・。心が洗われる・・・。ずっと見ていたい・・・」 ぽわんとした表情で都様が言うので、私は見とれてしまった。 「ジャスミンって変な犬でしょ。食べられないところ全部食べちゃうんだもの」 恵美ちゃんの骨やらなんやらはジャスミンがバリバリ食べていた。あの犬も普通ではない。 「夢って不思議。科学者が色んな説明をしようとしているけれど、未だによくわかんないんだもの・・・」 パキ、と小枝を折って、都様は火にくべた。 「今、ここで起こっていることは、誰かが見ている夢だったりしてね・・・」 「嫌です」 「え?」 「私、都様が存在する世界の、穏やかな夢が見たいです」 「・・・そうね、たまには穏やかな夢を見られますように、おまじないよ」 都様はそっと、私に口付けた。そして立ち上がり、去っていく。私は黙々と、恵美ちゃんを燃やした。 〇〇月〇〇日05:42。 目の前の目覚まし時計にはそう表示されている。昨日の日付だ。それに、こんな早朝に、誰だろう。私は起き上がった。ウェーブした長く黒い髪がベッドで波打っている。 淳蔵様? その日の夢は、いつものように誰かの思考が流れてくるのではなく、ただ見守るような夢だった。 淳蔵様は鏡台の前に座ると、オイルと櫛を取り出して丁寧に髪の手入れを始める。二時間かけて髪の手入れを終えると、顔を洗って歯を磨いて、服を着替えた。そして食堂に降りてきて、その日は全員で食事をした。新しく入ってきたメイドの美雪ちゃんは淳蔵様に一目惚れしてしまったらしく、目で追っているのがわかった。が、淳蔵様は気にしておらず、都様のつんと尖った鼻だとか、赤くて美味しそうな唇だとかを見て幸福感を得ていた。食事を終えると自室に戻り、テレビとパソコンをつける。テレビは情報番組。パソコンではなにかの勉強をしていた。難しすぎて、私にはなんの勉強なのかわからない。 午前が終わる。 午後は小説や漫画を読んだり、ネットショッピングをしたり、動画配信サイトで動画を見たり、若い女性が好きそうな食品のレビューを見ていた。 桜フレーバーの商品が新発売する。発売日をチェックして、漸くパソコンから身を引き剥がす。談話室に降りて雑誌をチェックしているとトレーニング終わりの直治様が通りがかったので、二人でジャスミンの散歩に行く。帰ってきたら自室でぼーっとして、夕食を摂り、風呂に入る。風呂がまた長かった。髪の毛の手入れで一体何時間かけるのだろう。寝る前もドライヤーで丁寧に乾かして、さっさと寝た。 〇〇月〇〇日04:30。 さっきより早い。美代様だ。洗顔と歯磨きを完璧に済ませて化粧をすると、部屋に備え付けのポットでハーブティーを淹れて、蒸らしている間に書類に目を通す。ハーブティーができたら飲みながらもう一度書類に目を通す。パソコンの電源をつけ、仕事を始める。あ、そうか、出勤時間も退勤時間もないんだ、この人。私は思わずゾッとした。愛しの都様のためとはいえ、二十四時間三百六十五日働くか、普通。 私達の出勤時間の一時間前に事務室に行き、私達を待つ。私達が出勤したあとの時間も仕事をして、時間になると食事当番の作った食事を食堂で食べて、再び事務室にこもり仕事を片付ける。そのあとは在庫の確認や仕入れの確認といったダブルチェックを行ったり、私達の仕事振りをちゃんと見て確認したり、これまた難しいというか忙しすぎて私にはよくわからない。仕事の合間に飲むハーブティーを私と美雪ちゃんがちょこちょこ持ってくる。私のは薄すぎで、美雪ちゃんのは熱いらしい。改善しなくては。 そうやってあっという間に夕食の時間になって、全員で食事を摂ると、美代様は明日の準備を始める。時間が流れて時刻は十時。美代様は慌てて事務室を飛び出し、都様の部屋へ向かった。 なにするんだろう? まさかイチャついているのか、と思ったが、双方仕事の話だった。都様も大分お疲れのようである。額には似合わない熱さましシートが貼られていた。都様が立ち上がり、美代様を抱きしめる。あ、ずるい。二人は身体を離すと、笑顔で手を振って、美代様は部屋を出た。美代様は自室に戻ると歯を磨いて風呂に入ってスキンケアをして、もう一度明日の準備を確認してから寝た。 〇〇月〇〇日05:52。 順当にいけば直治様だ。直治様は暫くもぞもぞとシーツの中を泳ぐと、意を決したようにばっと飛び起きた。ベッドサイドのテーブルの上にある赤いカプセルを水で流し込む。床に脱ぎっぱなしのジャージに着替えると、館の外、敷地内の小さな森を軽く走った。 戻ってくると、シャワーを浴びて歯を磨いて、そのまま食堂に行く。食事を摂り終えたあと、トレーニングルームで筋トレを始める。どうやらあまり長時間やるものではないらしく、どの器具も十五分から三十分程度で終わったが、全身の筋肉にみしみしと熱が走るのがわかった。またシャワーを浴びて、今度は書斎にこもる。難しい本を読んでいる。淳蔵様の時は髪、美代様の時は仕事で画面が変わらなかったが、直治様は本から画面が変わらない。 やっと画面が変わったかと思うと、昼食代わりのスムージーを自作して飲んで、再び筋トレ。談話室の前を通ったところで淳蔵様に捕まり、ジャスミンの散歩へ。 帰ってくると、地下室に行って、設備や器具の点検をする。それが終わると夕食を摂り、部屋に戻るとパソコンをいじりはじめた。十時になると寝た。 「・・・え、終わり?」 自室で寝転んでいた私は、時計を見た。 〇〇月〇×日13:34。 昨日は終わった。私は一時間くらいで三人の一日を体験したのだ。 「穏やか・・・」 まるでお金持ちの館の主人と、その愛人達の一日みたい。 「フフッ、最初はそうだったんだよなぁ」 今はもう違うけど。 美雪さんはどう調理するのだろう。 ・・・楽しみ。
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