十四話 美雪

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十四話 美雪

私の名前は半田美雪。他人と比べると縦に小さくて横に大きいが、仕事はできちゃう軽やかなデブである。あっ、デブって言っちゃった。 「よう、お前、名前なんだっけ?」 「美雪です、淳蔵様」 「そうか、美雪か」 全く人の名前を覚えてくださらないこの人は、私の理想の王子様、淳蔵様である。彼の一番の特徴は腰まで届く波打つ髪。光をきらきらと反射して、さらさらと揺れる。背だって高くて、お顔だって端正で、声も格好良くて、都様の愛人ということを除けば完璧である。 そう、ここに暮らす三人の殿方は、『息子』と呼ばれているけれど、皆、都様の愛人だ。 私達メイドを管轄する美代様も、あまり他人と関わらない直治様も、都様を女神のようにお慕いし、全幅の信頼を寄せているのである。先輩のメイドである絵葉さんも都様を敬愛しているらしく、館の宿泊客からも悪い噂は聞かない。 都様。 不思議な人。あまりお話をしたことはないけれど、見た目は妖艶な美女。中身は気さくなお姉様といった感じだ。 「美雪、直治の運転の練習に行くから着いて来い。ジャスミンも連れて行くぞ」 「じゃあ、美代様に許可を取ってきます」 「美代にならあとで言っとくから早くしろ」 「そういうわけにはいきません! 私の上司は美代様ですので!」 淳蔵様は片眉を上げた。怒った感じではなかった。 「・・・そうか、じゃあ行ってこい」 「はい!」 美代様は事務室に居ることが多い。私は事務室のドアをノックする。返答があったのでドアを開けて中に入り、美代様に事の次第を説明した。 「いいよ、行っておいで」 「ありがとうございます!」 「・・・というか、」 美代様は何故か嬉しそうに微笑んで、 「淳蔵と直治になにか言われたら、そっちを優先してくれて構わないよ」 と言った。なにか、私にはわからない事情があるに違いない。細かく聞くなんて野暮なことはせず、素直に受け入れた。 「わかりました! 行って参ります!」 「行ってらっしゃい」 事務室はいつも良いにおい。眼鏡をかけた美代様も素敵。 「あ、絵葉さん!」 絵葉さんが淳蔵様達とお喋りをしていた。絵葉さんはお顔は素朴だが、スタイルが抜群に良い。仕事も丁寧で、教え上手で、とっても優しい。 「美雪ちゃん、行ってらっしゃい。私のことは気にしないでね、私、ジャスミンのこと怖いから・・・」 絵葉さんはくすっと笑った。 「絵葉さん、行って参ります」 「よし、行くぞ」 私達は駐車場に移動し、車に乗る。運転席に直治様、助手席に淳蔵様、後部座席に私とジャスミンが座った。 「美雪、ジャスミンおさえてろよ」 「はい!」 車が発信する。淳蔵様が細やかな指示を直治様に出す。 「うわぁ、丁寧な運転ですねぇ」 「わかるのか?」 「はい。父がタクシー運転手だったので」 「へえ」 「ところでどこに向かってるんですか?」 「二つ隣の町のドッグラン。大型犬を入れてくれるところはあんまないから予約してんだ」 「えぇ! あんなにお庭が広いのに、ドッグランですか・・・」 「ドッグランには友達が居るからな」 友達。 淳蔵様の口から出たその単語が似合わなくて、ちょっと笑ってしまった。 「淳蔵様達もお館の外でお友達と会ったりするんですか?」 「いや、俺は友達居ねえ。必要ないし」 「えぇ・・・。直治様も?」 「・・・まぁ、そうだな」 「私は喋ってないと死んじゃうから、友達はたくさん居ないと困りますぅ」 「ハハハ、変なの。まあそういう生き方もあるか」 淳蔵様は上機嫌にそう言った。 「美雪って確か〇〇大だよな? 結構いいところなのにこんなところでなにしてるんだよ」 「それがーですねー・・・。ちょっと借金が・・・」 「ほおー」 「館でのお仕事なら、お給金もいいし、住み込みだから親に迷惑もかけないし、借金を返せるかなって思って、働かせていただいてます」 「借金、ね。貧乏な暮らししてたのいつだったかな・・・」 淳蔵様が考え込んでしまったので、私は話題を変えようとした。 「淳蔵様と直治様はどこの学校出身なんですか?」 「あ? 俺ァ中卒だよ」 「エッ!」 「中学もまともに行ってないかも。直治は?」 「高校中退」 「どこ高?」 「・・・どこだっけ」 「エエーッ!」 失礼とはわかっていても驚きを隠せなかった。私は問う。 「美代様は・・・?」 「あいつは通信出てる」 「い、意外ですね・・・」 「都は△△大だったかな・・・」 「エェーッ! 超のつくお嬢様学校!」 「学歴って難しいよなァ。それが全てではないけど知能の判断基準みたいなもんではあるわけで・・・」 「うーん、就職活動の時にしか使えませんよ、多分」 「拘るヤツはとことん拘るだろ。美代はそれで苦しんでるし」 「そうなんですか?」 「おー、大学行きたいけど仕事もしたいんだってよ。せめて『小鳥』が一匹見つかればな」 「『小鳥』って、終身雇用の方のことですよね? 絵葉さんがそうなんじゃ・・・」 「いや、あいつは、」 「淳蔵!」 直治様が声を荒げた。二人共ちょっと吃驚する。 「・・・次、どっちだ」 「ああ、右」 車が右に曲がる。 「帰りにドーナッツショップ寄るぞ。新作のパイが発売されて都が食べたがってた。着いて来てるヤツの特権だ、お前も好きなモン選んでいいぞ」 「わ! ありがとうございます!」 「・・・お前、よく食いそうだな」 「み、ゆ、き、です! ダイエット中なので、お気になさらず!」 淳蔵様が薄く笑う。ジャスミンも尻尾を振ってご機嫌だ。仕事なのにこんなに楽しい時間を過ごしてよいのだろうか。借金を返し終わったあとも、働き続けてみようかな、と、そんな気持ちになった。
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